パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

6852 // 6852//「尖閣紛争」の裏にある大切なこと//6852//6852



infinity>国際>チャイナウォッチャー [チャイナ・ウォッチャーの視点]
尖閣紛争」の裏にある大切なこと
岩一つも疎かにできない現実
20120927日(木)有本 香
 6852――何を表わす数字か、おわかりだろうか? おそらく多くの方が即答できないのではないかと思われるが、この数字、わが国を構成する日本列島の島の総数である。このなかには、わが国人口の80%が住 む本州から、徒歩で島一周できるほどの小さな無人島までが含まれる。いまや世界のメディアが伝える「ホット」な場所となった沖縄県石垣市尖閣諸島もそう した無人島群である。
 その尖閣をめぐる最近の出来事、とくに今月、中国各地で起きた「反日暴動」についてはすでに多くが語られてきた。ことに暴動発生の背景――中国共 産党指導部内の権力闘争や失政隠しの思惑、人民の生活現状、心理――といった「あちらの事情」についてはそれこそ百論出揃った感がある。そこであえて、そ れらとまったく異なる角度からこの問題を捉え直してみることとする。
「わが国固有の領土」について
どれほど知っているか?
 およそ数カ月前、筆者はインターネット上の短文投稿サイト・ツイッターを通じて、「日本はいくつの島から成っているか?」と尋ねてみたことがあ る。筆者のアカウントをフォローしてくださっている方は割合に、「国土」に関心の高い方が多いと思われるのだが、それでも正解を即答した人はたった一人 で、たしか6000くらい、という近い数を答えられた人も数名にすぎなかった。
 筆者含め、われわれ日本人は、日頃よく自国のことを「島国だから云々」と気軽に口にする。にもかかわらず、われわれはその島国たる自国の国土に関し、実に乏しい知識しかもちあわせていないのである。
 尖閣諸島についてですら、いまでこそ、ニュースで連呼されるから、それが沖縄県石垣市にある島だということが辛うじて知られるようになった。が、 いまから2年前、尖閣沖で、中国の「漁船」が日本の海上保安庁の巡視船に体当たりする事件が起きる以前は、日本国民の大半が、尖閣諸島がどの県のどの自治 体に属すのかなど頓着してはいなかった。
 余談になるが、2年前のこの事件の半年ほど前、筆者はある国会議員を訪ねた際に、象徴的な嘆きの声を聞いたことがある。「尖閣諸島が何県にある か? 本州、北海道、四国、九州の次に大きな島はどこか? こういった質問に即答できる人は国会議員のなかでも非常に少ない。わが国固有の領土についての無知・無関心が甚だしいのです」。多くの国会議員にとって 「票に直結しない」領土の問題、あるいは外交・安全保障分野への関心は、情けないまでに低いのだと、この議員はこぼした。
海洋国家の自覚はあるか?
 ちなみに、本州、北海道、四国、九州の次、日本列島で5番目に大きな島は、択捉島である。択捉島沖縄本島よりも大きい。この事実も多くの日本人に知られていないが、知ったら俄然、北方領土問題のもつ意味の大きさを実感できた、という人もいる。
 せっかくの機会なので列挙しておくと、日本列島全6852島のうち、人の住む島は437、残り6415無人島である。尖閣諸島と呼ばれる5島も後者に含まれるが、うち最大の魚釣島にはかつて99戸、248人が住んでいた。
 人の住む島はもちろんだが、6400余の無人島もまた重要な意味をもつ存在だ。ところが、この期に及んでもなお、「ちっぽけな無人島など他国にあ げてしまえばいい。そうすれば問題は解決するのでは」などという発言をする人がいることに驚く。しかも、なぜか日本のテレビはそういう発言者を好んで登場 させるが、これは世界の常識から見ればとんでもない認識である。
 海に守られた島国に暮らす日本人は、他国と陸上で国境を接する他国の人々に比べて、領土意識がそもそも希薄である。ましてや世界に広がる海の上に境があり、ここからここまでがわが国のもの、といわれてもますますピンとこないのかもしれない。
 1994年に発効した国連海洋法条約により、沿岸から200海里を排他的経済水域EEZ)とすることとなったことで、多くの島が点在する日本は 一躍、世界6位の海洋大国となった(ちなみに陸地面積の領土は世界60位)。このことは資源に乏しいと思われてきたわが国にとってきわめて重要なことであ る。自国管轄の海であればこそ、魚を獲ったり、地下資源を採掘したりも自由にできる。逆にひとたび他国の管轄となってしまえば、最悪、そこで嫌がらせをさ れて、日常生活に欠かせない物資の輸入もままならなくなることも考えられるからだ。
 世界6位の海洋国家の住民でありながら、その自覚がない。当然、それを守らねばならないという意識も希薄。こうした国民の心の中の無防備状態はむしろ、軍事・軍備を否定している現状以上に危ういことといえるかもしれない。
尖閣特別授業」も時間の問題か
 中学校の社会科あたりで習ったことを思い出してほしいのだが、国家の要件とは、「領土、国民、主権」の3つがあること、である。言い換えれば、この3つを失えば国家たり得ず、失わないよう守り抜く、防衛するのが国家の構成員たる国民全員の責任でもある。
 防衛と聞けば即、軍事を頭に描く人が多いが、そうではない。国家防衛の第一歩は、教育を通じて、国家の正当性や価値を知らしめて国民意識を醸成し、国民の共有財産である「領土」の重要性とそれを守ることの重要性を知らしめることにある。
 ところが、日本にはこの種の教育がない。皆無ではないが、おざなりである。自国がいくつの島で成り立っているかを答えられる人は希少。半世紀以上 もの間、他国に不法占領されている島がどれほど広いかさえ多くの国民がピンと来ていない。俗にいう「平和ボケ」の具体的症状といえるかもしれない。
 一方の中国では、この国民教育が歪んだ形で強烈に行なわれている。その中心軸が「反日」であり、しばしば事実がないがしろにされている。また、チベット人ウイグル人への行き過ぎた「国民教育」は、深刻な人権侵害をも引き起こす事態にもつながっている。
 先日テレビ番組で、韓国の小学校で「竹島」についての特別授業を行なっている様子が映し出されていた。正直、異様な光景に見えた。なぜなら、それ は、事実を基に国土・領土への愛着、防衛意識を、学びを通じて醸成するというよりは、日本という敵国に対抗するための理屈を子供たちに刷り込んでいるよう にしか見えなかったからである。韓国の竹島特別授業は、中国人が、共産党政権の描いた「歴史」の断片を言い立て、「日本人は歴史を知らないではないか」と 強弁する光景に通じるものである。
 最近になって、尖閣諸島を「核心的利益」だと言い出し、「沖縄が日本であることに正当性はない」とまで言い出した中国が、子供たちに「尖閣特別授業」を必修させるようになるのも時間の問題かもしれない。
言うは易く行ない難い
国際社会へのアピール
 反日暴動が収束してからというもの、尖閣は日本固有の領土だということを国際社会へアピールすべし、との論がよく聞かれる。一応正論だ。しかし、正しいことを主張したからといって受け入れられるとは限らないのが国際社会である。
 国民への領土教育、つまり内へのアピールもままならないなかで、一筋縄でいかない外(国際社会)にどうやって「日本の領土としての正当性」を知らしめるのか? 中国も同じく、外への強烈なアピール作戦に打って出るはずだ。
 すでに今回の件も、「日本がきっかけを作った」と国際社会に向けて強弁している。その中国の言い分をまさか信じたわけではあるまいが、国際社会で は、たとえばマレーシアのマハティール元首相のように、「日本人と韓国人、中国人は暴力的なデモ行為や破壊行為をやめるべき」と、まるで日本で中国と同じ 暴動でも起きているかのような発言をする著名人まで現れている。
 そもそも日本人は、中国人に比べて対外宣伝工作が非常に不得手だ。あえて歴史を鑑とするなら、日中戦争の頃、蒋介石の妻、宋美齢が米国内で巧妙な「反日キャンペーン」を展開し、米国政界と世論を味方につけたことに思い至すべきであろう。
 「国際社会へのアピール」という掛け声ともに昨今よく聞かれたのが、「中国と戦争になったらどうするのか?」という声である。これほど片腹痛い話もない。見方を変えれば、中国との尖閣を巡る「戦争」はとっくに始まっているのである。
「中国は大きく打っては出ない」という楽観論
 宋美齢が行なった宣伝戦のように、「戦争」とは武器を用いて戦う行為のみを指すわけではない。情報戦、心理戦、法律戦……あらゆる分野での策を弄し、ときに強硬に、ときに柔和な顔を見せつつ、中国は、弛まぬ歩みで尖閣を落とそうと迫り続けるであろう。
 対する日本はどうだろう? 2年前の「漁船」体当たり事件から今日までに尖閣の島々と周辺海域の実効支配強化のための、有効な手立てを一つでも打ち出せたであろうか? 否。それどころか、この2年、政治の混迷が続いたために、海上保安庁の権限を強化する「改正海上保安庁法」さえも、先月(8月)末ようやく成立にこぎつけ たという体たらくだ。
 中国も新政権誕生後の状況は不透明だが、先方を甘く見るべきではない。日本の外交筋では、中国は「尖閣は台湾のもの。台湾は中国のもの。したがっ て尖閣は中国のもの」という理屈であるから、台湾を介さずに中国自身が思い切った手に打って出ることは当面ない、との、一種の楽観論が聞かれるという。本 当にそうだろうか?
岩一つも疎かにできない現実
 ここで本稿冒頭の話に戻りたい。日本には6852の島があり、どれひとつも重要だということはおわかりいただけただろうか。一方、島々の周りには 多くの「岩」がある。岩は島ではないので、領海やEEZ、大陸棚の起点とはならない。ただ、たとえばその一つに強引に掘立小屋でも立てて人が居つけば話は 変わって来る。
 先述の国連海洋法条約では、岩と島との違いは「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない」ことにある。人が住んでしまえば、 「島」となる可能性もある。現に中国は、南沙諸島岩礁に掘立小屋を立てて人を住まわせ、それを徐々に補強して、数年後には立派な軍事施設を立てるまでに 変化させ、島のような状態を創り出した実績がある。
 尖閣諸島の周辺には総面積0.01平方キロにも及ぶ、大きな岩がある。南沙諸島岩礁よりははるかに人が居つくには快適と思われる規模である。南沙諸島で実績のある中国人がある日突然、同じことをしでかさない保証はない。
 領土を守るためにはたとえ岩一つといえども疎かにはできない。この厳しい現実と向き合い続け、緊張感を保ち続けられるか否か。相手の出方を読みな がら、半歩でも、実効支配強化を前進させるため、情報戦や法律戦における具体的な手を繰り出せるか否か。いま私たちは自らの心の中の備えを試されているの である。

WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。