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上海福喜事件@中国報道 食の不安より「外資の信用失墜」に力点

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上海福喜事件@中国報道

食の不安より「外資の信用失墜」に力点

2014年7月30日(水)  福島 香織  

すでに日本で盛大に報道されている上海福喜食品工場の保存期限切れ肉問題について、遅ればせながら取り上げようと思う。というのも、この問題は、日本で報道されているのと中国で報道されているのと、かなりニュアンスが違うのである。
  地元上海のテレビ局記者らが従業員に変装して2か月あまり潜入取材した結果、暴いた食品工場の数々の組織的な「食品安全法違反」の実態は、衝撃的な映像も あり、またその商品の一部が日本にも輸入されていた可能性があるということで、日本では2007年の毒餃子事件以来のショッキングな「中国の食品安全問 題」として報じられた。だが、中国では外資食品企業へのバッシング報道の色が強い。
 中国の報道ぶりを見ながら、このニュースの背景について一考してみたい。
「食品工場のブラックホール」に潜入
  まず、最初のきっかけとなった報道を簡単に振り返る。7月20日、上海テレビの新聞総合や上海東方衛視などで潜入取材特集報道「食品工場のブラックホー ル」が放送された。米国大手食品OSIグループの上海現地法人・上海福喜で、賞味期限切れの鶏肉や牛肉パテを原料に使っていたという。飲食産業の裏側で賞 味期限切れ食材が使われていること自体、食品安全問題が日常茶飯事的に報道されている中国ではさほど驚くに値しない。だが、この福喜の場合、保存期限の超 過ぶりが7か月以上であったり、肉が緑に変色し臭いもおかしかったりと、半端ない悪辣さだった。
 特に組織的な保存期限ロンダリングの手 法。例えば、チルド鶏肉原料の保存期限は一般に6日。6日過ぎそうになると冷凍し、数か月後に再解凍して7日目に使用する。建前上はチルド保存期限6日間 内に使用したことになるが、再冷凍再解凍で品質が劣化しているだけでなく、事実上のチルド期間の保存期限を一週間オーバーしている。これがチキンナゲット の原料になった。
 2013年5月に製造された冷凍ステーキ肉(保存期限180日)が上層部のメールによる指示で2014年6月15日まで の保存期限に改ざんされた。これだけでも、大変な保存期限超過であるのに、さらにそのステーキを小さく裁断して再包装しなおして新しく保存期限1年とする のである。
 さらにナゲットの製造過程ででる形の悪い不合格品を区分して、捨てるのかと思いきや、形成機内に再度投げ込んで、練り込み原料 の足しにする。200度の油で揚げたばかりの熱をもった不合格品を、生の鶏肉原料の中に混ぜ込んでしまうのだ。当然、レシピよりも粉や油分も多くなり味は 落ちるはずだが、従業員は5%以下の再添加なら、ばれないと開き直る。
 中国の食品安全法によれば、保存期限の改ざんはもちろん、製造工程 でできた不合格品の再利用も禁じられている。だが、これらの食品安全法違反は上層部の指示によって行われており、不正の記録は品質管理帳簿に克明に記され ていた。この不正記録の載っている品質管理帳簿は社内幹部専用で、検査当局に提出する表の帳簿はこれらの記録を改ざんしたものだ。報道は社内メールによる 保存期限の改ざん指示の実態も紹介している。
 そして、恐ろしいことは、生産ラインの責任者である班長や従業員らが、「食べても死なない」「混ぜてしまえばわからない」と、まったく罪悪感がない様子だったことだ。
 報道中、マクドナルドの査察が入る場面もあるのだが、「査察する」と予告があったため、問題食品は綺麗に片づけられ、査察担当は異常を発見することなく帰ってしまった。
外資ファストフードの責任を問う」
 この報道は、日本人の目からみると、中国食品工場のモラルの低さを暴いたものだった。だが、中国では、外資ファストフードチェーンの信頼性の問題として報じられている
  福喜は100%米独資企業であり、その顧客はマクドナルド、ケンタッキー、ピザハットスターバックスバーガーキング、吉野屋、セブン・イレブンなど外 資飲食チェーンを中心とした中国20省・市・自治区以上におよぶ150企業以上。このスクープ報道翌日の上海地元紙・上海早報は「外資系ファストフードに も監督上の責任という職務怠慢がないといえるだろうか? 外資系ファストフードは、(査察で問題を見逃した)職務怠慢の社員を処分したり、作業の手順の改善をおこなっただろうか? これについて、ケンタッキーもマクドナルドも正面から回答していない。ただ、不定期検査を行っていたというだけで、問題が発生したあとは、すぐに契約を解 除したというだけなのだ」と、中国人消費者の立場に立って外資サプライヤーの責任だけでなく顧客側の外資ファストフードの責任も問うている。
 中国ブランド研究院食品飲料業界研究員の朱丹蓬氏が「国際金融報」に対するコメントで「上海福喜が保存期限切れ肉を使っていたことは、ファストフード業界の一部幹部らはきっと知っていたはずである。飲食業界の世界は狭く、風通しは悪くない」と指摘している
 また続報として、福喜ブランドの冷凍手羽先に米タイソンフーズ系の大手家禽肉加工企業・江蘇泰森食品の商品の横流し品が含まれる可能性を示す映像も22日にながれた。
  外資の良心を問う」「外資への過剰な信頼が長期の違反を助長した」と言った見出しとともに、中国人消費者の外国ブランド崇拝をたしなめる論調も散見す る。国際金融報は、消費者権益保護法に基づき、消費者がファストフード店に購入価格の10倍の賠償金を求める権利にも触れており、今後の報道の流れ、政治 環境の風向き次第では、外資ファストフード企業相手の公益訴訟ラッシュも想定されるわけである。
 一部メディアでは、外資系飲食チェーンの信用陥落は、中国民族ブランドにとってチャンスという見方もでている。さすがに、それは無理、という指摘の方が多いのだが、明らかに報道による世論誘導に方向性が見え始めている。
スクープは当局公認、外資叩きは低層のガス抜き
  今回の潜入報道の緻密さ、その報道と同日に食品薬品監督管理当局がガサ入れをして、責任者ら5人を刑事拘留する対応の素早さをみるに、一連の展開が、習近 平政権の政治的意向に沿ったものであるというのは間違いないだろう。保守的な傾向を隠さない習近平政権になって外資系企業への締め付けというのは確実に強 くなっているし、メディアの外資系企業バッシングは、外資系商品の恩恵にあまりあずからない低層の大衆にとってはガス抜き効果もある定番の娯楽である。上 海の米国資本の国際大企業の腐敗を暴くことは、現政権の辣腕ぶりをアピールする効果もあり、実はこの食品安全問題は、中国国内的には政権のマイナスになっ ていない印象だ。
 もし、当局側にとって不都合なスクープ報道であれば、取材記者はねつ造疑惑や別件の経済犯罪などでつぶされる。過去に、 そういう目にあったスクープ記者は枚挙にいとまがない。党中央宣伝部の指示で独自報道に厳しい制限がかけられている中国メディアが、堂々と特ダネを報じら れるのは、それが政権の利益と合致する場合だけである。
 いわゆるチャイナウォッチャーは、ここで、最近の上海閥の衰退ぶりも、この事件と関係あるのだろうかとついつい妄想を広げがちなことも付け加えておく。
  最近のロイター通信の特ダネ記事だが、昨年10月の段階で、福喜の元従業員が塩素系洗剤使用による健康被害を受けたとして、福喜に3.8万元の賠償を求め る労災訴訟を地元裁判所で起こしていたという。この訴訟の中で、保存期限改ざんなど「非倫理的労働」を強制されたと告発していたが、1月に、証拠不足で元 従業員の訴訟請求は棄却されていた。
 必要とあれば証拠のないところに証拠を作ることもいとわないのが中国の司法当局。この訴訟結果は、今 年1月までは上海市当局は大納税企業の福喜を守る立場にあったということの証左だ。アジア最大の国際基準食品サプライヤーの理想を掲げて上海に誘致された 福喜が、当時の上海市当局のみならず、上海閥で形成された中央政権の後押しも受けていたことは想像に難くない。そういう企業の暗部が暴かれるのは、やはり その後ろ盾の権力の弱体化と関係あると考えるのは普通であろう。
法律無視の「黒心作坊」が30万軒超
 ただし、中国の報道が外資企業の信頼性に疑問を呈することに重点を置かれているものの、問題の本質がやはり中国の生産現場にあるとする日本の報道の方が私は、正しい受け止め方だと考えている。
  中国には「黒心作坊」(ブラック小工場)と呼ばれる作業員10人以下の、食品安全法など全く無関係の小規模食品加工工場(工場というよりは作業場に近い) が少なくとも、30万~40万軒はある。これは中国全体の食品生産加工工場約50万軒の7割という。ちなみに米国の食品加工工場総数は約3万軒。
  これだけの小規模工場が過当競争を行うため、衛生基準や製造工程表など度外視した安売り競争が展開される。検査当局がたまに、食品安全キャンペーンで集中 摘発するのは、都市の大納税企業ではなく、こうした都市郊外の農村にある「黒心作坊」だ。もっとも検査当局の人員1人対して420軒の工場という多さを考 えれば、摘発数は氷山の一角である。
 大納税企業が摘発されにくいのは、確かに高い食品安全水準を維持している面もあるのだが、当局の査察・検査員に対するワイロ文化も関係していることを付け加えておく。
  黒心作坊でどんなものが作られているか。報道ベースでは、病死豚肉を使った肉饅頭や、盗まれた犬や猫、ネズミ肉などのくず肉を加工した偽シシカバブ、ある いは「下水道油」「残飯油」と呼ばれる本来廃棄されるべき油の再精製油を使用した揚げ物などが作られている、そうだ。2008年に、全国で乳幼児の健康被 害を出した「メラミンミルク」事件の背後にも、この「黒心作坊」がかかわっている。
 たまに農村のそうした生産現場関係者に出合うと、中国 の低層社会の実際の安全基準、安全意識というものが、中国の法律と遠くかけ離れていることも実感する。最近の都市民は食品安全の感覚が国際標準とそう変わ らなくなってきたが、農村出身者にとってはまだまだ別世界の他人事の基準である。そういう意味では中国には依然二つの社会、簡単に言ってしまえば農村と都 市の二元構造になっており、その二つの社会のスタンダードが違うわけだ
「危険、怖い」より「徹底チェック」しかない
  さらに食品製造に携わる生産者は圧倒的に農村出身者で占められ、彼らが比較的低賃金で都市の消費者の高い要求に応えなければならない状況がある。こういう 状況で、生産者が消費者の気持ちをおもんぱかるのも難しいだろう。福喜報道の中にも出てくる「食べても死なない」発言は、まさにそういう生産者と消費者の 感覚の差ではないか。農村ではつい二十年前までは肉は貴重であり、少々変色しようがおいしく調理して食べていたのだから。
 実際、あの報道を見た感想の中には、「福喜の工場は意外に清潔だったな」「それでも中国の小食堂よりマクドナルドの方が安心」という声もある。
  こういう環境の中で、いかに外資系企業が食品安全を心掛けたとしても、そのレベルを維持するのは大変難しい。しかも食品原料価格の上昇と、市場の低価格要 求と、激しい企業間競争の中で、低きに流れるのは簡単なのである。汚職文化の中で、末端の役人に金さえ払えば、不正がばれる確率は非常に小さいとくれば、 どんどんエスカレートしていくことは、さもありなん、だ。この「朱に交われば赤くなる」式の劣化を防ぎ、ブランドの信用を守るのは本社の責任であるとすれ ば、今回の事件で一番責めを負うのはOSI集団総本部だ、とは言える。
 そういう意味では、日本の報道も、「中国食品は危険、怖い」の忌避 一辺倒ではだめだろう。中国が市場としても原料調達場所としてもグローバルサプライチェーンの中に組み込まれて外せない以上、日本がかかわる中国企業、日 本資本の現地企業のコンプライアンスと品質水準維持は日本側の責任であると考えて、中国の社会構造とそこで働く人の意識を十分考慮しながら、再度の運営体 制の徹底チェックをこの機会に行うことをお勧めする。