パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

日本の本当の体制は 資本主義ではなく 社会主義なのである

infinity>国内>経済の常識 [経済の常識 VS 政策の非常識]

なぜ日本の企業は
キャッシュを溜め込むのか


2015年03月10日(火)原田 泰
 日本の企業はキャッシュを溜め込みすぎていると非難されている。キャッシュと言っても、もちろん、現金だけでなく預金など、すぐにキャッシュになるもののすべてだ。預金を持っていても金利はわずかだから、企業の自己資本利益率ROE)を引き下げる要因になる。
 ROE重視の経営が市場に評価される中で、なんでわざわざROEを下げるようなことをするのかと非難されている。賃上げで物価を上げ、デフレから 脱却して物価上昇と賃金上昇の好循環をもたらしたい政府からも、無駄にキャッシュを持っているくらいなら賃金を上げろと要請されている。
 日本の企業がキャッシュを積み上げているのは事実である。日本の非金融民間法人の実物資産を含めた総資産は1777兆円、うち現金と預金が219 兆円、銀行借り入れや企業間信用などの負債が679兆円である(内閣府『2013年度国民経済計算確報』。679兆円の借金に対して219兆円もの現預金 を持っているというのはおかしい。6790万円の住宅ローンを持っている家計が、2190万円もの現預金を持っていることはないだろう。

 まして企業は、自分の仕事に投資をして利益を上げるのが目的だから、預金をしていても意味がない。そんな遊ばせているお金があるなら、投資をするか、借金を返すか、労働者に還元して賃上げするか、株主に還元して配当を増やすかすべきであるというのは当然の理屈である。

経営者の不安心理

 しかし、経営者の立場で考えてみよう。企業には、よく分からない理由で、次々に危機が襲ってくるものだ。『ルーズヴェルト・ゲーム』など、池井戸 潤氏の企業小説を読むと、突然の融資打ち切り、取引先の購入中止、購入中止をちらつかせた大幅な価格引き下げ、特許を侵害しているという脅しなど、企業に は次から次へと危機が襲ってくる。危機の頻度が多すぎるような気はするが、それぞれはリアルである。個々の企業に対するショックだけでなく、経済全体に対 するショックもある。金融危機、世界不況、円の急騰、資源価格の暴騰など、危機はいくらでも襲ってくる。
 一番頼りになるのはキャッシュである。融資を打ち切られてもキャッシュがあれば耐えられる。どんな場合でも銀行が貸し出しに応ずるという契約をすることも考えられるが、突然、融資を打ち切られるのであれば、そんな契約はあてにならないと企業は思うだろう。
 値引き要求に対しても、手元資金がなければ受け入れるしかないが、あれば価格交渉ができる。その価格と品質で他に納入できる業者がなければ、不当 な値引き要求であり、価格交渉に強気で臨める。何らかの理由で販売が減少しても、そう簡単に人は切れない。キャッシュを持っていれば、解雇せずに堪えるこ とができる。クビを切れば経営者は社会的に非難されるのだから、キャッシュを持っていることで非難された方がまだましというのも分かる。

どうしたら良いのだろうか

 確かに、企業がキャッシュを溜め込んでいるのは無駄である。しかし、そうしなくてはならない事情も分かる。どうしたら良いのだろうか。
 第1に、政府がマクロ的な経済環境をなるべく安定させることである。金融政策で物価を安定的に2%に上昇させるというのはその一歩である。これには突然の円急騰を防ぐという効果もある。
 第2に、個々の企業の危機に、政府が対応するのは難しいし、一般的には対応すべきではない。銀行がこの企業は危ないから金を返せと言っているの に、政府が大丈夫だから貸しておけというのはもちろん間違いである。ただし、政府の金融監督がまずくて金融危機が起こり、その結果、銀行がキャッシュを求 めて貸しはがし貸し渋りをするのは防がなくてはならない。
 不当な特許侵害訴訟の脅しなどについては、濫訴の制限という政策も考えられるが、何が濫訴であるかを認定することは難しい。企業を襲う危機のほと んどは、売り上げの急減という形で現れてくるから、それに応じた生産と雇用の縮小、すなわち解雇をしやすくすることもキャッシュの溜め込みを減らす政策に なる。
 要するに、溜め込みを減らすために政府ができることは、金融危機を起こさないことを含めたマクロ的な経済環境の安定と解雇規制の緩和ということになる。前者に反対する人はいないだろうが、解雇規制の緩和に反対する人は多いだろう。
 株式会社制度とは、そもそも事業のリスクを分散させるために始まったものである。胡椒や金銀、磁器や絹などを得るために巨大な貿易船を作って、海 外に送り出した。難破したり海賊に襲われたりする危険も高かった。しかし、多数の船を送れば、平均的には高い利潤を得ることができた。
 だが、当時の大商人といえども、そんな多数の船を送るだけの資力はない。そこで多くの人の資本を集め、多数の船を送って、失敗を含めて平均的な利 潤が十分に高い事業ができるようになった。ルネッサンス期のイタリアの商人が始めたことを、オランダとイギリスがさらに大規模に行い大成功をおさめた。

潰れてはいけない日本企業

 そう考えると、株式会社が潰れるのは当然のことである。個々の株式会社はよりリスクを取った経営をして、すべての株式会社を平均した時に、個人会 社よりも利潤率が十分に高くなればよい。人々は多くの会社の少しずつの株主になれば良いのだから。大商人ならそうできるが、普通の人にはできないという反 論があるかもしれないが、そういう人は市場平均に連動する投資信託を買えば良い。これで、すべての会社のわずかずつの株主になることができる。
 しかし、日本では株式会社は株主のものと考えられていない。株主にとっては多くの会社の中の一つだが、経営者と従業員にとっては、自分を雇ってい る会社(多くの人は、自分を雇っているという自覚もなく、「自分の会社、自社」というだろう)は唯一無二のものである。潰れないように経営するのは当然の ことである。キャッシュが少しくらい余計にあって、ROEが1%下がって何が悪いというのが経営者の本音ではないだろうか。
 要するに、株式会社が株主のものであれば、企業はキャッシュを溜め込まず、リスクを取るのが正しいが、経営者と従業員のものであれば、キャッシュを溜め込むのも合理性がある。
 また、政府が儲かった会社は賃金を上げろというのは、会社は株主のものということとも矛盾している。株主のものである会社は、同一労働同一賃金の条件で労働者を雇っている。正当な賃金を払っている以上、儲けはすべて株主のものである。賃金を上げる必要はない。
 結局、日本において企業が株主のものでない以上、キャッシュを溜め込むのは当然のこととなる。それを止めさせるためには日本の企業文化そのものを変えなくてはならないだろう。