パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です  尚 転載はご自由に

世界遺産など心がなければ タダの建物、それを喜ぶ馬鹿な政府

日本のチベットに対する対応は 天空の芸術とかいう
世界遺産のノリです。 しかし チベット人が多く住む四川省
北端の ラルンガルの宗教施設で行われているのは 宗教弾圧と
支那共産党政府の宗教施設の観光化である。
世界中の人に 伝えるべきは 共産党の蛮行で有り、たくさんの
チベット人が それを世界中にきずかせる為に焼身抗議を行って
いる事である。 宗教施設は魂のよりどころであって、観光スポットでも 芸術スポットでもない。
観光や興味で行きたいと思う 人々がいるなら、 その前に
支那共産党を 駆逐してほしい、宗教を否定し、人々に弾圧を
加える政府に 存在価値はない。 それらに迎合しての観光も
芸術もない。

Photo Stories撮影ストーリー

中国・四川省・ラルンガル  チベット文化圏内で最大規模を誇る僧院。1万を超す僧房が丘を埋め尽くす。(Photograph by Uruma Takezawa)

チベット文化圏、大地に息づく「祈り」7点

2016.10.14
       
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インドから中国まで、チベット文化が広がる地域を、日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2014グランプリの写真家、竹沢うるまが旅し、そこに息づく「祈り」を撮影した。
 この2年ほど、チベット文化圏を旅し、写真を撮ってきた。
 訪れたのは、インド北部ラダック地方、スピティ地方、ネパール国内旧ムスタン王国、ブータン、中国の四川省から青海省にかけての地域。
 標高5000mの山々、マイナス20度の冬。険しい山を越え、深い谷を渡り、薄い空気に喘ぎながら旅を続け、その先で大地とともに生きる人々の祈りの世界に触れた。土のかおりがする表情、霜焼けで赤く染まった頬、谷に響く風のような歌声。「祈り」は大地に生きる人々の日常のなかに遍在していた。
中国・四川省・色須
年に一度の大法要の日。周辺の草原を転々としながら暮らす遊牧民たちが、色須寺に集まり、川辺にテントを張る。普段は人気のない小さな街が、この期間中は1万を超す人々でごった返す。(Photograph by Uruma Takezawa)
インド・ヒマーチャルプラデシュ・スピティ
1週間かけて作られた砂曼荼羅。その形は宇宙の真理を表し、人の心の在りかを示している。完成し祈りを捧げたあと、曼荼羅は崩され、川に流される。すべての形あるものが大地に帰る。捧げられた祈りは、風に乗り、川を流れ、世界の隅々まで行きわたる。(Photograph by Uruma Takezawa)
ネパール・ムスタン
旧ムスタン王国の山奥の小さな村の寂れた寺院で、およそ120年前に日本人で初めてチベットに潜入した河口慧海 / Ekai Kawaguchi(1866-1945)の像を見つけた。像の手の上には、丸い薬のようなものが乗っている。これはかつて慧海が村人たちのために作ったと言われているものだと思われる。(Photograph by Uruma Takezawa)
インド・ラダック
冬、ザンスカール谷は半年以上雪に閉ざされる。しかし、厳冬期の1カ月間だけ、川が凍結し、そこに氷の回廊「チャダル」が現れる。1週間かけてチャダルを歩き、ザンスカール谷を目指した。マイナス25度の世界。夜は洞窟で眠り、文明からかけ離れた大自然の中を歩き続けた。雪崩、氷の崩壊、極寒の吹雪。チャダルは限りなく過酷で、そして美しかった。(Photograph by Uruma Takezawa)
インド・ヒマーチャルプラデシュ・スピティ
スピティ谷に夜が訪れ、満月の光が徐々に谷を月明かりで染めていった。やがて岩山に建てられた僧院が影の中から浮かび上がって来た。その移り変わりは、まるで少しずつ宇宙の中へ移動しているような感覚だった。(Photograph by Uruma Takezawa)
インド・ヒマーチャルプラデシュ・スピティ
ヒマラヤ山脈から流れ出た雪解け水が、長い年月をかけて大地を削り、スピティ谷を作り出した。川はいまも滔々と流れ、谷を刻む。夕暮れ時に薄暮の空を反射して輝く川は、この谷に満ちている祈りの形に見えた。(Photograph by Uruma Takezawa)
 「祈り」の意味を知るためにコルラ(チベット仏教徒が聖地を廻り、巡礼すること)した旅の日々。多くの人々に出会い、祈りの姿に触れ、そのたびに心が震えた。その振幅を感じるたびに写真を撮り、積み重ねていった。
 これらの写真は、いままさにこの瞬間、人々が過酷な大地で祈りとともに生きているという証であり、また、ひとりの写真家が確かにそこに存在していたという自身の存在の証明でもある。
 心の流れを感じ、写真に収めること。それが自身にとっての「祈り」の意味なのだと知った旅であった。