ウクライナ侵攻はプーチンの「戦略的判断ミス」 戦争は独裁者が「誤算」したときに起きる
ニッポン放送「新行市佳のOK! Cozy up!」(2月25日放送)に外交評論家で内閣官房参与の宮家邦彦が出演。24日午前にウクライナ東部での「特殊軍事作戦」の実施を宣言したロシアのプーチン大統領のテレビ演説内容のポイントを解説した。 【写真】ウクライナの首都キエフで爆撃の後に上がる炎と煙
得られる利益と比べ明らかに不利な「侵攻」をしたのは「戦略的な判断ミス」
宮家)まず一般論として、多くのロシア専門家は「軍事侵攻はないんじゃないか」と言っていたんですよ。もちろん、すべての人ではないですが……。けれども、戦争って実際に起きるんですよ。戦争っていうのは往々にして独裁者が「誤算」をしたときに起きるんです。人間が合理的に判断すれば、こんなバカなことするわけないでしょう。私は、プーチンさんの今回の判断はおそらく戦略的なミスだったと思います。おそらくこれからロシアが被るであろう不利益と、それから仮にウクライナの一部を占領、もしくはウクライナで政権交代をしたとしても、それで得られる利益と比べたら、明らかにロシアにとって不利な判断ですよ。なんでこんな判断するかといえば、どこかで判断を間違えた。もうお年なのか……そんなことはないと思いますけどね、まだ70前でしょ?もしくは何かウクライナに対して特別の感情を持っていたか、理由はわかりませんが、これは後で本人に聞いてみるしかないんですけども、今回僕はこのプーチンさんの戦略的判断ミスがすべてだったと思っています。 その上でこのプーチン大統領のテレビ演説の内容を読みました。要するに、簡単に言うとですね、8年前、得体の知れない人達が何か他国(ウクライナ東部)に入っていって占領して、8年かけて今度は傀儡政権を作って、それで『自国民保護だ』と言って本格的に入っていくわけでしょう。これは「満州事変」ですよね。要するにそれと同じ非常に稚拙なやり方だと私は思う。これで『我々の国境に脅威が迫ってる』……それは逆だろうと……。
アメリカの対応は正しかった
宮家)『イラクの時だって大量破壊兵器はなかっただろう』と、アメリカのインテリジェンスをあざ笑っているわけですが、「ないものを探す」っていうのは、なかなか難しいんですよ。でも今回は、「あるものを上(衛星などからの情報)から見ている」わけだから。多くの人が「プーチンが合理的な判断すれば戦争はない」っていうのはその通りなんだけれども、実際にアメリカの情報は今回正しかったんですよ。なぜ正しいかというと、それは相当程度のことが、上から見えるからです。もちろん、いろいろな情報を総合している。軍隊というのは簡単に「ほい、明日から行け!」っていう組織ではないので、しっかり準備していくものですから、プロが見ればこれが本当に戦闘態勢に入ってるのか入っていないのかって、わかるはずなんです。その意味ではアメリカは今回正しかった。でも、なぜ今回はバンバン情報を出したのでしょうか、普通は出さないですよね。出すとどこから情報を取ったかがわかってしまうわけで、下手したら大勢の人が殺されちゃうわけだから。そのくらい大事な情報をなぜ出したかといえば、おそらくプーチンさんに「俺たち、ここまで知ってるんだぞ」と、「だからやめたほうがいいぞ」というふうに言ったつもりなんだろうけど、やっぱりプーチンさんはそれも聞かなかった。なぜ聞かなかったのか。「判断ミスしたから」ですよ、と私は思う。 さらに『我々の計画にウクライナの領土の占領は含まれていない』とも言っている……うーん、そうかな。まあどっちみちウクライナ全土の占領はできないですが、部分的にはやるのではないかと。
戦争の目的がよくわからないままの軍事行動であれば、成功はしない
宮家)一番大事なことはですね。戦争をやるときに戦争目的っていうのがあるわけですよ。目的のない戦争なんてないですから。今回ロシアはウクライナに兵を進め『ウクライナ東部での特殊軍事作戦をやった』と、こう言ったわけですけれども、「特殊軍事作戦」とは何を言ってるのか。よくわからないけれども、東部でやるのだとしても、当然のことながらウクライナの「制空権」もしくは「航空優勢」と言いますが、空の支配ですよね、これをやるためには、当然指揮命令系統、飛行場、武器弾薬庫等々を一気にやらないといけない。もちろんサイバー戦などいろいろな手を使うわけですけれども、そうやって制圧をしていくわけですよね。でも、まだここでも戦争の目的がはっきり示されていない。何を求めているのかわからないけれども、もしこうやって戦略目的がよくわからないままに軍事行動だけをしているのであれば、これはやっぱり成功はしないでしょうね、というのが私のイメージでございます。 残念ですけれども、これが始まってしまった以上彼らは、ウクライナを少なくとも中立化させるために相当エネルギーを使って時間をかけて、そして目的を達成しようとするでしょうね。その時にどのくらい経済制裁をわれわれができて、そしてそれで思いとどまらせるかどうかでしょうが、おそらくロシアは言うこと聞かないでしょうね。そういったイメージですね。
「ロシア人よ、地獄へようこそ」ウクライナ市民のレジスタンスが始まった
<ロシアの侵攻を受けて、反撃を決意する市民たちの希望と勇気は燃え続けることができるのか? ウクライナ第2の都市ハリコフの今を現場からレポート>
ジーンズにジャケットを羽織った地元の男たちが、ウクライナ東部の都市ハリコフの街角で車からカラシニコフ銃と弾薬の木箱を降ろしていた。2月24日にロシアがウクライナへ侵攻を開始してから数時間。抵抗は既に始まっていた。 【動画】激しい爆音と爆発の炎…市民が捉えたハリコフでのロシア軍とレジスタンスの攻撃の応酬
「怖くないとは言わないが、私たちの運命だ」と、機械工の男(安全上の理由から匿名)が言った。「ロシア人が待ち遠しいよ、地獄へようこそ」。また「私たちは戦闘に志願している」と、黒いスニーカーにスエットパンツの男が言う。「ウクライナのためなら死んでも構わない」 2014年と15年にドンバス地方でウクライナ軍と共に戦ったことがあるという数人の男は、私たちの話が終わるのを待って、武器を近くの建物に隠しに行った。 ウクライナ全土の複数の戦線でロシアが破壊的な電撃戦を仕掛ける数日前から、西側諸国はレジスタンスをどのように武装させるかを検討していた。毎年2月に各国首脳らが外交と安全保障について議論する国際会議「ミュンヘン安全保障会議」が18日から開催されており、イギリスのボリス・ジョンソン首相は19日に、「電撃戦の後は報復と復讐と反乱の長く恐ろしい時期が続くだろう」と述べた。 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は24日、武器を手に戦う意思のある市民に決起を呼び掛けた。ハリコフの街角で私が出会った小さなパルチザンは、地下レジスタンス活動の始まりなのだろう。 ■「素晴らしい気分だ。復讐の時が来る」 ウクライナ第2の都市ハリコフでは、ロシア軍の襲撃に備え、至る所で通常戦力の配置が進んでいる。たくさんの若いウクライナ兵が、市内に通じる重要なルートで陣地を確保しようと、通りを急いでいた。その1人アレクサンデルは、戦いが迫っていることが楽しみだと語った。「素晴らしい気分だ。われわれの復讐の時が来る」 こうした勇ましい虚勢とは対照的に、市民はロシアの冷酷な攻撃の矢面に立たされている。ウクライナ当局によると24日だけで57人が死亡、169人が負傷。ハリコフ近郊で砲撃されたアパートでは、少年が犠牲になった。 青空と迫り来る爆弾の下、アラ・ガラクティヨノワ(80)はハリコフの自由広場の石畳に立ち、通り過ぎる車に手を上げて乗せてもらおうとしていた。ロシアとの国境近くにある村から、激しい爆撃をくぐって1時間前にたどり着いた。ハリコフ市内に住んでいる姉の元に、何とか避難したいと思っている。
「世界中が私たちの味方だ」
「恐ろしかった」と、寡婦のガラクティヨノワは言う。「こんなことは聞いたことも見たこともない」 24日の残虐な出来事は、彼女にとって自分の国とロシアの結び付きを断ち切るものだった。「以前はいい人たちだと思っていた。今は、彼らは戦争がしたいだけ」 この瞬間にも多くのウクライナ人がロシアの侵攻から逃れようと移動しており、近隣諸国は避難民の流入に備えつつある。空爆はウクライナ全土に及び、国連難民機関の推計によると、10万人以上が荷物をまとめて住む家を離れ、国内の他の地域を目指し、あるいは国を出ようとしている。 EU圏との国境には長い列が伸びている。スーツケースを抱え、ポーランドやハンガリーに歩いて渡ろうとする人もいる。 戦闘はウクライナ全土で激しさを増している。南東部の港湾都市マリウポリも砲火を浴びた。ウクライナ内務省の発表によると、キエフ地方でロシア軍のヘリコプター1機と国籍不明の3機が撃墜された。 ジョー・バイデン米大統領は24日午後に、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナを越えて進むだろうと警告した。「彼の野望はウクライナよりはるかに大きい。旧ソビエト連邦の復興を目指しているのだ」 長引く包囲と残忍な襲撃が迫り来るハリコフの街だが、希望はまだ鎮圧されていない。 アレクサンデルとカーチャ(安全を危惧してファーストネームのみ)は7年前に、東部ドネツクで暮らしていた家を追われた。若いカップルは今、さらに大きな惨事に直面しているが、挑戦的なほど楽観的だ。 「おじけづきそうになるけれど、私たちは前を向き続ける」と、ITサポートの仕事をしているアレクサンデル(27)は言う。「ドネツクは14年にあっけなく陥落した。でも、ここでは守られていると感じる。どういうわけか、あまり落ち込んだりしていない」 「ドネツクでは、私たちはとても孤独だった」と、コンピュータープログラマーのカーチャは言う。「今は全世界が私たちの味方だと、心から思える」 もっとも、2人は今のところ、ハリコフからの脱出を考えることはできない。「あまり余裕がない」と、アレクサンデルは肩をすくめた。「脱出しようと思ったら、資金や親族の援助、行き先の計画、仕事の当てといったことが必要になる。私たちは勇敢なのか、あまり賢くないだけか。正直なところ、今はただ、戦争に鈍感なだけかもしれない」
From Foreign Policy Magazine
ジャック・ロシュ(ジャーナリスト)
「日本も他人事ではない。北海道が危ない」 プーチン氏「アイヌ民族をロシアの先住民族に」発言も ウクライナ人評論家、ナザレンコ・アンドリー氏が激白
ナザレンコ・アンドリー氏
ウクライナは「戒厳令」や「総動員令」を出し、ロシア軍の侵攻に対峙(たいじ)している。ウラジーミル・プーチン露大統領の決定は、国際法や国連憲章違反であり、決して許されない。こうしたなか、ウクライナ出身の評論家、ナザレンコ・アンドリー氏(27)は、祖国への思いや、東アジアでロシアと向かい合う日本への影響などを激白した。 【写真】空爆で破壊されたアパートと負傷した女性
「祖国防衛のため、ウクライナ人は最後までひるまない。思った以上にウクライナ軍は反撃しており、一度奪われたキエフの空港を奪還したという情報もある。抵抗が続けば、凍結した地面が溶けて、ロシア軍の戦車などは運用できなくなる。燃料も底を突く。今後、1週間程度、抵抗できるかがカギになる」 ナザレンコ氏は25日、こう語った。 同氏は、ロシアがウクライナ南部クリミア半島を併合した2014年に留学生として来日した。最近はインターネット番組「真相深入り!虎ノ門ニュース」のコメンテーターとしても知られる。ウクライナ北東部にある第2の都市、ハリコフに両親らを残している。 「実家では侵攻初日(24日)、爆撃音が聞こえ、両親はすぐに田舎に逃れた。ロシア軍に全土を囲まれ、他国への退避はもはや不可能だ。心配で毎日、SNSで連絡を取り合ってはいるが、両親はハリコフの防衛線が突破されたら最後は武器を取って戦う覚悟のようだ。私も覚悟を決めた」 ウクライナ危機では、同じ自由主義である米国も欧州も直接、ロシアと戦火を交えようとはしない。 ナザレンコ氏は「ウクライナは旧ソ連からの独立後の『ブダペスト覚書』(1994年)で、核兵器をすべて手放し、軍隊も100万人から大幅に縮小した。これが間違いだった。いつの時代も、軍事力=抑止力があってこそ自国の平和は得られる。日本も例外ではない」といい、続けた。 「プーチン氏は以前、『アイヌ民族をロシアの先住民族に認定する』という考えを示した(2018年12月、モスクワでの人権評議会)。北方領土への不法占拠が続くなか、今度は北海道が危ない。ロシアが『アイヌ民族保護』を名目に北海道に乗り込んでくる危険性がある。ロシアのような独裁国家が今回と同じく、自国民の保護を名目に他国を力で侵略し、国家承認することがまかり通れば、世界の秩序は完全に崩壊する。日本を含む国際社会はこれ以上、プーチン氏を増長させてはならない」
「戦争犯罪者に煉獄はない。地獄に一直線に落ちるだけだ」
ウクライナ情勢を巡り国連の安全保障理事会が緊急会合を開催していたその最中にはじまったロシアのウクライナ侵攻。ウクライナのキスリツァ国連大使は、ロシアがウクライナに宣戦布告したと表明し、ロシアのネベンジャ国連大使に対して冒頭のように強く言い放った。
再三にわたる国際社会からの「ストップ」にもかかわらず、ついに起こってしまったこの事態。あまりに強引な侵攻に、世界各国からロシアへの批判が巻き起こっている。
ロシアは一体なぜ、このような振る舞いを起こしたのか。軍事評論家で、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏のインタビューの中から、その理由を読み解くヒントとなる、プーチン大統領のあまりに特殊な世界観についてここに再公開する(初出:2019年11月24日 以下、年齢・肩書き等は公開時のまま)。
◆◆◆
ロシアのあまりに特殊な国家観
〈ロシアの行動原理を理解するためには「彼らの独自のルールブック」を知る必要がある――そう著書に記した小泉氏。まずは、その「あまりに特殊な」国家観について聞いた。〉
――まずプーチン、そしてロシアという国は、いまの世界、そして国際政治の現場をどのように捉えているのでしょうか。
ソ連が崩壊して、スーパーパワーでなくなってしまったということが、ロシアにとってはわれわれが想像する以上に面白くないことでもあったし、もっと言うと脅威でもあったと思います。
ロシアの世界観は、パワーに大きく依存しています。世の中や国際政治を動かすパワーと一口に言っても様々ですが、ロシアは剥き出しの「軍事力」を極端に強調するんです。「強制的に相手の行動を変えるようなパワー」こそが、国際政治の主要因だと考えているのです。
ロシアがこの価値観で自国をみると、実体以上に自分たちのパワーがものすごく弱くなってしまったようにみえる。「外国にいいようにされてしまう」と理解していると思います。
――そのような「特殊な世界観」でみると、他国はどう見えているのでしょうか。
力が弱い国、特に自前で安全保障が全うできないような国は、一人前の国家ではないと見なします。「半主権国家に過ぎない」みたいな言い方をするわけです。「主権」はどの国も確かに持っているんだけど、その主権をフルスペックで発揮できるかどうかは軍事力による、という世界観です。たとえば、プーチンに言わせれば、アメリカに守られているドイツは主権国家ではないとなる。
だからロシアにとって、国連常任理事国プラス数カ国ぐらいしか主権国家と呼べる国はないという世界観なんですよね。
ロシア自身、90年代はソ連崩壊でもう主権国家ではなくなってしまうかもしれないという恐れを抱いたと思うんです。そこから盛り返し、2000年代の最初の8年間で、年平均7パーセントの経済成長をしてほぼGDPが倍になった。その頃、「ロシアはソ連崩壊後の混乱は抜け出した」と言い始めます。軍事力を支える経済力が増して、外国に支配されるかもしれないという危機も脱し、確固たる主権国家としての地位を取り戻したという宣言だったわけです。
「もし、そのまま…」ロシアの“if”
――自信を取り戻したんですね。
自信が戻ったのは、もう一つ要因があります。アメリカとの相対的なパワーバランスです。
つい10年前まで冷戦をやっていたわけですから、ロシアは冷戦後もずっとアメリカを気にしていて、なかなか頭から離れない。ちょっとロシアが弱ったら、またこいつらがつけ込んでくるのではないかという気持ちがすごく強かった。
しかも、90年代はメチャクチャになったロシアに対して、アメリカは経済も順調。IT革命みたいなイノベーションも起こして全然衰える様子がなかった。それが2000年代になってくると、アメリカはリーマンショックを食らってだいぶ弱った。しかも、そこにインド、中国、ブラジルなど他の新興大国が伸びてきた。
そこでロシアは、パワーバランスがだいぶ相対化されたのではないかという、ちょっと楽観的な認識を持ったわけです。アメリカはもちろん、まだ強いんだけれども、だいぶ相対化されてきて、ロシアにとって悪くない世界に近づいたというように、2000年代にロシア側は見たのです。
――2000年代は、経済発展が著しかったブラジル、ロシア連邦、インド、中国、南アフリカ共和国の5カ国の頭文字を取って、BRICS(ブリックス)と呼ばれていた時代ですね。
もし、そのままロシアの経済が順調に伸び続けていれば、ロシアは平和的台頭を果たすことができたと思います。2009年のロシア政府の政策文書『2020年までの国家安全保障戦略』では、2020年までにGDPで世界トップ5に入り、イノベーションも起こして原油依存経済もやめるとあります。実際に、2013年には購買力平価で世界第6位までGDPが上がる。
しかし、急ブレーキがかかりました。1つは、2014年からの原油価格の急激な低下。もう1つは、2014年2月にロシアがクリミア危機を起こしてしまったことです。
クリミア侵略はなぜ起こったのか
――どうしてそんなタイミングでクリミアを侵略したのでしょうか。経済制裁の可能性は検討されなかったのでしょうか。
ロシアからしてみれば侵略じゃないんですよね。あくまで「防衛的行動」を取っただけだと思っている。
さきほどから説明しているロシアの世界観で言うと、ウクライナをはじめとした旧ソ連の国々は「半人前」の国家です。「その保護者は誰?」というと、ロシアであるという気持ちでいる。
要するに、「君たちは一応独り立ちしてお家をもらったけど、まだ僕の保護下だよね」と思っていて、半人前なのだから、「親の知らないところで勝手なことしちゃ駄目だよ」と。クリミア侵攻の時は、ウクライナちゃんがフラフラとNATOのほうに付いていこうとしたので、ロシアは「駄目だぞ」といって、ゲンコツでポカッとやった。その程度のつもりでいるんですよ。
――旧ソ連諸国には、いまだ「保護者」として振る舞うわけですね。
ロシアの世界観では、まだ危なっかしい独り立ちできない旧ソ連の子たちをアメリカがたぶらかそうとしていると思っている。
ウクライナのオレンジ革命、グルジアのバラ革命、キルギスのチューリップ革命……。2000年代に一連の民主化革命が旧ソ連の国々で起こりました。普通なら、「それらの国の政府が汚職にまみれていてパフォーマンスが低かったから、国民に見放されたんだ」と理解するわけですが、ロシアの見方は違います。「これはアメリカの陰謀なんだ」と理解するわけです。全部アメリカが裏から糸を引いていると。
さらに2010年代にアラブの春が起きると、また同じように理解する。「あれもこれも全部アメリカが内乱を人為的に引き起こして、気に入らない政府をつぶして回っているんだ」というわけです。
そんななか、2014年にキエフで政変が起き、クリミア侵攻につながっていく。ロシアからすれば、「保護下にあるまだ無力で未熟な国々を、アメリカは裏から操って、そこでこういう政権崩壊を引き起こした。われわれが素早く入っていって守らなければ」という認識で介入したわけです。
でも、当然これはわれわれ西側の人間から見たら、「なんていうことをしてくれるんだ!」という話になりますよね。挙句の果てに、クリミア半島を併合までしてしまう。クリミアって大きいんですよ。九州の7割ぐらいの面積があるので。そこに200万人以上が住んでいるというものすごく大きなところを、軍隊で占領して、併合してしまうって、19世紀みたいですよね。
実際、ドイツのメルケル首相は「19世紀とか20世紀前半みたいな振る舞いだ」という言い方をして批難しました。われわれからすると受け入れがたいし、やはり危険だと見えるわけです。
プーチンは「頭の中が100年単位で古い。数世紀遅れている」
――歴史の教科書で見るような事件に思えました。
まさに時代錯誤なんですよ。要するに、「古臭い」んですよね。
ロシアの「パワーこそすべて」みたいな世界観とか、「君らは僕らの勢力圏内にいるんだから、お前らには完全な主権はない」という考え方は、18世紀、19世紀なら普通の考え方だった。プーチンが18世紀のロシア帝国の皇帝だったら名君です。でも、それを21世紀にやってしまったことが大問題なんです。
ですから、僕のプーチンのイメージは、「天才戦略家」だとか、「悪のリーダー」だとかいうよりも、「古い男」。頭の中が100年単位で古い。数世紀遅れているというイメージなんです。
――プーチンには、なぜそのような時代遅れの価値観が染みついてしまったのでしょうか?
プーチンを支えるロシアの外交や安全保障、諜報機関、エリートたちの世界観がもともと古いんですよね。
なんでロシアだけが?と思うかもしれませんが、例えば中国も近いんじゃないかと思います。彼らの場合は、経済も成長しているし、イノベーションも起きているから、ロシアよりもう少し頭が柔らかいかもしれませんが。でも、僕は中国の行動にはロシアとかなり近いものを感じます。
――たしかにロシアは、中国と繋がりを深めていますね。
中露が気が合っているのは、互いに「権威主義体制(編集部注:一部のエリートによる非民主的な体制)」が必要だと思っている国だからかなと思っています。権威主義はいずれ倒されて民主化されていく――という認識が西側の国にはあるじゃないですか。だから、中国やロシアについても「まだ民主化していない」という言い方をする。
ところが中国やロシアからしてみると、「いつか民主化する」なんて思ってもらったら困るんですよ。巨大な国家を統治するためにはこういう政体しかないのであって、いずれ民主化するというビジョンを持たれたら困る――と思っているんです。
ロシアなんて、「民主化をしろ」とか、「ジャーナリストを殺害してけしからん」とか言われると、「またそうやって西側は情報戦を仕掛けてきている。民主化の名の下にわれわれの国体を覆す気だな」って認識する。たぶん、これは中国共産党も同じでしょう。
――彼らから見ると存在そのものを否定されているように見えてしまうわけですね。
そう考えると、2010年代ってすごいんですよ。ヨーロッパは「私らポストモダンで安全で豊かな社会に生きています」みたいな顔をしていますけれども、一方では、まだナポレオン戦争の頃のような価値観を持ったロシアみたいな国がいる。
さらには、ロシアがクリミアを取って「18世紀かよ」とか言われていた2014年に、イスラム国が登場して16世紀みたいな「カリフ制」の再開を宣言する。針をギュッと巻き戻った時計がいっぱい出現したんですね。
――さまざまな世界観が共存することなど出来るのでしょうか?
共存できていないんだけれども、併存はしている。その世界観同士がガチガチとぶつかっている時代にみえます。
冷戦が終わった後に、サミュエル・ハンティントンが『文明の衝突』を書いて、「これからは文明の地金みたいなものが決定的な役割を果たす。だから文明単位のぶつかり合いになるんだ」というようなことを言っていましたが、私もそう思います。
ロシアも中国も、形の上では一応は「民主主義ですよ」と言うんですが、彼らの言う民主主義のやり方は全然違う。たとえば、プーチンのアドバイザーを務めたスルコフという人が「主権民主主義」という概念を持ち出しました。どういうことかというと、「みんな意見は自由に述べてよろしい。政府を批判するのも自由だ」。しかし、「一回リーダーが決めたことに逆らうのは許さん」と(笑)。
当初は「ずっと自由だった」ロシアの方針が変わった理由
――ロシアの印象そのままですね。
いまやロシアはそうした抑圧的なイメージを持たれますが、当初はプーチンもここまでやろうとはしていませんでした。もちろん彼はKGB出身で強面なので、最初からやることはやったけど、ロシアメディアも10年前はずっと自由でした。特にインターネットなんて完全に野放しでしたよ。
――それがどうして変わったんでしょう?
時間とともに、国民に体制に対する不満が溜まってきたからでしょうね。反体制運動なども起こってくるし、経済だって駄目になって。普通に考えると、国民の不満の根本的な原因を直さなければいけないわけですが……。
プーチンは、やはり対策がKGB的なんです。「国民の不満が高まったら、監視や取り締まりを強化する」という方向に、どうしても行ってしまう。これは彼のキャリアによってビルトインされた思考の癖ですし、彼を支えている政策エリートたちもKGB出身者が多いので、どうしてもそういう解決策ばかり出てきてしまう。
――その結果、他の国とは世界観が分断された国になってしまったのですね。
その分断線にしたがって、例えば、ネット環境も違ってきた。たとえば、中国のインターネットは、他の国とは別の世界になりつつありますよね。Googleも使えないし、TwitterにもFacebookにもつなげない。代わりに、中国の政府の監視下にある同じようなアプリなら使えます。インターネットというテクノロジーは同じものを使っているにもかかわらずです。
最近、ロシアも徐々にそうなりつつあって、インターネットの監視が非常に厳しくなってきている。ロシア政府は、「ルー・ネット」という有事にグローバルなインターネットから切り離してロシアだけのインターネット空間を作れないかと検討しています。そういう分断の時代を迎えているイメージを僕は持っているんです。
ロシアが得意とする“柔術外交”とは?
〈2014年にはクリミア半島を強引に併合し、中国とも合同軍事演習を続けるロシア。アメリカ大統領選をめぐって、「ロシアゲート」という言葉が聞かれる現状で、ロシアという国は至るところで暗躍する「陰謀国家」のような印象を受ける。ところが、それは一面的な見方でしかないと小泉氏は語る。キーワードは「柔術」だ。〉
――ロシアは、自国のイメージが悪化することを恐れないのでしょうか?
そもそもロシアは、自国のイメージを良くする必要を感じているのかどうか、ということです。
経済力で劣るロシアは、平時の体力が弱い。世の中が平和だと、ロシアという国はあまり目立たない。世の中が乱れだすと、途端にロシアという国は輝きを放つんです。
ロシアにしてみると、普通に「いい国ですね」と言われて好かれても埋没してしまう。他方、怖がらせる能力は突出して高いわけですから、怖がられることで、その存在感は上げられるわけです。
ある意味で“炎上マーケティング”、炎上型ユーチューバーみたいなものです。忘れられているよりはずっとマシ。人目に触れて存在感さえ高まっていれば、その注目度は何かしら価値に変換できる――という考え方があると思います。
アメリカなど西側の国は、「秩序」から恩恵を受ける側なので、秩序を維持しようと介入をする。ところがロシアは、秩序を維持しても別に儲からない。だから、軍事介入にしても、秩序に関心がないので、混乱の中から何かロシアにとって役に立つものを掠め取るための介入なんです。
アメリカの外交が戦略ゲームである「チェス」に喩えられるとしたら、プーチンがやっているのは「柔道」。ロシアは主導権を握る力はないので、相手の力を利用して、タイミングを合わせて大技を狙っている。どんな技が決まるかは誰にも予測できない。相手の出方や状況によって、仕掛ける技は一本背負いかもしれないし、腕ひしぎかもしれないのです。
――プーチンは緻密な戦略家という評価もありますが、イメージが変わります。
プーチンは戦略家というよりも戦術家であると思う。ある瞬間に物事に対応する力はすごい。ただ、何か中長期のプランがあるのかというと、あまりないのではないか。「大国であるロシア」「旧ソ連諸国を統合するロシア」という自己意識はあるけど、それを実現する具体的なプランや戦略は乏しい。
クリミアの侵攻作戦をみても、あれは教科書に載るような「戦術」のお手本です。けれど、結果的にそれでロシアは何を背負い込んだかというと、経済制裁やウクライナ人の反発でした。我々から見ると、結局はマイナスに働いているんじゃないかという気がします。