パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

ロシアのウクライナ侵攻の影に、米国バスケ選手の空港での麻薬所持の疑いによる、身柄拘束、 ロシアは大型スパイとの交換を??所詮ロシアはこんな国、中国やロシアや北朝鮮にはご用心

米女子バスケ選手がロシアで拘束された複雑な背景

 

冷泉彰彦 (作家・ジャーナリスト)

»著者プロフィール 
 

 米国の女子プロバスケットボールリーグ「WNBA」、フェニックス・マーキュリーのスターであるブリトニー・グライナー選手が2月17日にロシアのプロリーグに参加するため、ロシアに入国しようとした際、シェレメチェボ空港で逮捕され、4カ月半を超えた現在も拘束されている。

女子プロバスケットボールリーグのブリトニー・グライナー選手(右)は、ロシアで2月に逮捕され、いまだ拘束されている(AP/アフロ)

 まず、グライナー選手の位置づけだが、人気選手だとか、五輪の金メダル2回などという形容では収まらない。女子バスケットボールというスポーツの歴史において最高の選手であることは間違いなく、スポーツ界における米国の「至宝」である。文字通りのスーパースターであり、大学だけでなく、高校や中学でも女子バスケ選手たちの憧れの存在でもある。

 この事件、総合的に見ればロシアがウクライナ侵攻を前提として、一種の「人質」を取ったという構図は否定できない。米国政府は対応に苦慮しており、今後は、何らかの動きがあると思うが、背景にはさまざまに複雑な要因が絡まっている。事件が未解決となっている現時点で、論点を整理しておきたい。

ロシアが持つスポーツ選手と薬物に対する遺恨

 まず、直接の容疑は「違法薬物の持ち込み」とされている。空港のセキュリティ検査で、麻薬探知犬により小箱が発見され、グライナー選手が逮捕、連行される映像が記録されており、事実関係としては「デッチ上げ」ではないようだ。

 問題はその薬物である。詳細は不明だが、「大麻オイル」の一種であり、吸引具と共に押収されている。この「大麻オイル」については、いわゆる大麻マリファナ)として違法薬物に指定されている国もあれば、従来から基準を満たしている場合は合法としている国もある。

 ちなみに、日本の場合は「テトラヒドロカンナビノール(THC)」という成分を含むものは違法だが、THCを含まないものでは認可されることもある。米国の場合は、州ごとに広義の娯楽用大麻の解禁が進んでいることもあり、多くの州で合法である。

 ロシアの場合は、以前はこの種の大麻、麻を原料とする薬物は一切禁止であったのが、数年前に規制緩和があった。医療産業用の製造は一部認可されているものの、個人による所有や使用は禁止されている。この点においては、グライナー選手の姿勢には大いに「スキ」があったことは否めない。

 一方で、ロシア政府の報道官は、グライナー選手のことを危険な禁止薬物を持ち込んだ凶悪犯のような形容をしているが、ロシアにおいても実は規制緩和の方向は出ていたと言っていいだろう。そう考えると、大げさな拘束劇にはどうしても政治的な意図が否定できない。

 またロシアとしては、国際オリンピック委員会IOC)から大規模なドーピング疑惑を指摘されて、五輪への国家レベルの参加から締め出されるという屈辱を味わってきた。今回の事件は、スポーツ選手と薬物の問題ということもあり、一連のIOCと西側による措置に対するロシア側としての復讐という性格も持っている。

プロスポーツの男女格差の側面も

 米国側の事情だが、今回の事件も含めて人質を取って交渉に臨んで来るような相手に対しては、軍も国務省も原則は「弱気を見せない」というアプローチが取られる。これは米国の国としての鉄則である。

 従って、交渉に応じる姿勢は、ギリギリまで見せないのが普通だ。また仮に救出のために何らかの取引をする場合も、その条件は秘匿することが多い。

 けれども、今回の事件ではそうも言っていられない状況がある。そこにはWNBA(女子プロバスケットボールリーグ)の現状という問題がある。男子バスケのNBAは、米国の4大スポーツの一角を占めており、選手の年俸も高い。選手の平均年俸は540万ドル(約7億3000万円)に達すると言われている。

 一方で女子のWNBAの場合は、12万ドル(約1600万円)ということで、そこには45倍の「格差」がある。スポーツにおける男女間の賃金格差は、米国では深刻な社会問題になっており、最近ではプロサッカーの「W杯の賞金」については、男女で「足して2で割る」制度が決定して一歩前進を見たが、バスケの場合は未解決の問題となっている。

 仮に、バイデン政権がこの「グライナー選手の救出」に対して消極的な動きを見せるようだと、単なる戦時における「人質と国益」の問題を超えてしまい、「バイデン政権はWNBAを軽視している」という非難を浴びることになる。実はそうした声は、既に米国内で高まっている。

 逮捕以前の問題として、グライナー選手がこの時期にロシアに入国したのは、WNBAのオフシーズンに、ロシアのプロリーグに参加するためだ。いわゆるオルガリヒがスポンサーになり、ロシアには女子のプロバスケのリーグがある。本国の給与が低いために、国のトップレベルの選手がシーズンオフは「出稼ぎ」をせざるを得ない、その結果の事件だとして、WNBAを救済しないNBAも「炎上」しているのだ。

同性婚と米国司法が抱える課題

 更に言えば、グライナー選手は同性婚者である。同性愛を禁止しているロシアにおいて、同性婚者が不当な拘束を受けているとしたら、やはりバイデン政権にはその「救済を」というリベラル派世論の圧力が来る。米国の連邦最高裁を保守派に「ジャック」されて、全国的な銃の携行と、各州における妊娠中絶禁止という懸案に合憲判断が出され、リベラル派は怒りに燃えている。

 一方で、保守派の中には、「次は是非、同性婚を禁止してもらいたい」という声が高まっており、バイデン政権としては、そうした保守トレンドを押し返す必要がある。そんな中では、同性婚者のグライナー選手夫妻を「バイデン政権は支える」という姿勢を見せる必要がある。

 現地7月5日には、グライナー選手本人から早期救出を望む自筆書簡がバイデン大統領宛に届いた。手紙が届いたこと自体に、ロシアの政治的意図が感じられるが、これに対しては、バイデン大統領が激励の書簡を送るなど、政権は誠実な対応を迫られている。それもこれも米国の複雑な国内事情が絡んでいる。

「人質交換」に浮上した人物とは

 解決への動きだが、まず風説としては「人質交換」の可能性を指摘する声がある。具体的には、ロシア人(タジキスタン出身)で旧ソ連の空軍に在籍していたスパイのビクター・ブートという人物との「交換」が浮上している。ブート氏は、ソ連崩壊後は旧ソ連の兵器を闇市場で世界にバラまいており、特にコロンビアの反政府勢力の武器調達に加担したとして、08年に潜伏中のタイで逮捕。米国に護送されている。

 ブート氏の犯罪については、全貌が明らかにはなっていないが、巨大な闇の武器販売ネットワークを操って、重火器だけでなく戦闘機などを含む大規模な取引を行い、レバノンイスラムシーア派組織ヒズボラカダフィ政権のリビアなどにも兵器を供給していたとされる。闇世界の超大物である。

 旧ソ連の秘密組織で訓練を受け、6カ国語を操るというブート氏を再び解き放てば、新たな戦争やテロの火種になる。従って、米国としては、ブート氏を釈放することはまず困難であろう。もしかしたら、「出来ない相談」を噂にして拡散し、バイデン政権を追い込む意図がこのストーリーの背後にはあるのかもしれない。

 いずれにしても、この事件についての対応を誤るようだと、バイデン政権には命取りになりかねない。ロシア当局としては、そのような米国側の事情も計算して、さまざまな揺さぶりを仕掛けてくるものと思われる。

 米国の保守派の中には、「ドナルド・トランプが電話すれば、プーチンはグライナー選手を釈放するに違いない」などという「仮の話」も飛び交っている。万が一、そんな事態になれば、再び米国の政局がロシアによって歪曲されてしまう。バイデン大統領は非常に難しい立場に立たされている