パルデンの会

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3月中旬の全人代閉幕時の就任記者会見で李強は、中国国民と全世界にいかなるメッセージを発信するのか。

習近平直轄の公安・警察誕生も 白紙・白髪運動で強化

編集委員 中沢克二

日経新
 

 

中国トップさえ直接、介入できなかった公安・警察と、国家安全を担う部門のボスだった元最高指導部メンバー、周永康の粛清から10年。究極の権力を意味する「極権」を手にした共産党総書記兼国家主席習近平(シー・ジンピン)の下、思いもよらない形で公安、安全関連の組織が格段に増強される兆しがある。

それは2月28日に閉幕した第20期党中央委員会第2回全体会議(2中全会)がコミュニケに明記した「(共産)党と国家の機構改革案」だ。法の定めに従い3月5日に開幕する全国人民代表大会全人代=国会に相当)で審議する、と書かれているだけで、内容には一切触れていない。

ただし、習は別の会議で、今回の機構改革について「重大で社会的関心の高い難しい問題を解決することに力を入れる」と自ら異例の説明をし、抜本的な組織改革になることを示唆した。かなりの気合の入れようである。

関連人員の実質的な倍増も「あり得る」

「詳細は伏せるが、 国家安全と公安に関係する組織を、今までとは全く違う枠組みで増強する案がある。人員規模は、地方(の末端関連組織)を含めれば倍増もあり得る。期限は次の(共産)党大会がある2027年までだ」

全人代の最重要課題は、景気対策、経済対策といわれている。だが政治的に本当に重大な意味を持つのは、党・国家の大規模な機構改革だ。(中国は)今後4、5年で、かつてのソ連のような国になる可能性さえ出てきた」

 
かつて周永康・元政治局常務委員が仕切った中国公安省(2015年、警備が厳重な北京の公安省前)
 

漏れ伝わる内部の動きを知る複数の関係者らは、中国が旧ソ連のような窮屈な警察国家にならないか、本気で心配し始めた。ポイントは、党中央の「核心」である習が事実上、直接指揮できる公安、国家安全関連の組織が誕生する可能性である。

これが香港紙、明報が先に伝えた党と国家の機構改革案の根幹をなす中身だとみられる。明報によれば、習指導部は、国務院(政府)から警察を統括する公安省と、スパイ摘発を担う国家安全省を実質的に分離し、党中央直轄の「党中央内務委員会」(仮称)の下に再編する案を検討中だという。

中国では、正式な公安・警察機構のほか、地方政府が設置した「都市管理公安」などの「法執行組織」が存在し、街の治安管理などを担っている。許可なしで路上営業をしていた屋台の強制撤去の手法があまりに荒っぽいとされ、市民の恨みをかうことも多かった。

共産党大会、全人代などの大規模イベントがあれば、中国語でボランティアと大書されたジャンパーや腕章を着けた臨時の管理要員も登場する。国家安全を専門的に担う要員、様々な末端の関連人員を含めれば、200万人超とされる正式な公安・警察の総員をはるかに上回る「法執行要員」が中国内に存在する。

中国では習時代に入ってからの10年、政府機構の組織、機能、権限が縮小され、共産党中央が直轄する「小組」といわれる組織が増殖した。鄧小平、江沢民胡錦濤の各時代に進められた党と政府の分離という「正規化」の流れは、完全に変わった。

 
習近平国家主席(2022年11月、バンコクでの国際会議)=AP
 

例えば、政府の広報を担ってきた国務院新聞弁公室はいまも存在するが、組織としては実質的に党中央宣伝部と一体化され、党中央宣伝部の看板と肩書で活動している。

17年の党大会報告で習が、中国内に存在する「東、南、西、北、(まん)中」の全ての組織、団体を党が仕切ると宣言してからは、国務院の権限は一段と先細りし、首相の李克強(リー・クォーチャン)の力も失われていった。

公安と国家安全の関連部門の実質的な離脱・再編が、全人代での審議を経て、最終的に決定されるとすれば、この一環だと考えられる。その意味は、指揮系統を含め、名実ともに習が党側から直轄する公安権力、国家安全を担う部門ができあがることだ。

問題は誕生した新組織が、習に対する最大限の忖度(そんたく)によって、必要以上の権限をふるいかねない点である。

「白紙運動」や「白髪運動」に危機感

中国での一連の急な動きの裏にあるのが、22年から中国社会で頻繁に見られるようになった様々な市民の街頭運動、大規模な抗議デモに対する習と党中央の危機感である。

 
上海の中心部で「ゼロコロナ」政策に反対し、当局への抗議を意味する白い紙を掲げる市民ら(2022年11月)=共同
 

22年11月、新型コロナウイルスを厳しく抑え込む「ゼロコロナ」政策の即時撤廃を要求し、習退陣まで叫ぶほど先鋭化した「白紙運動」。各地で何も書かれていない白い紙を率先して掲げ、スローガンを叫んだ人の多くが若い女性という新しい潮流である。

彼女らを含む参加者らは、22年末から年明けにかけて公安当局から呼び出しを受け、事情を聴かれている。ただし、明確な主催者が存在しない新タイプの運動だったことで、当局側もどう対処すればよいのか考えあぐねている。

社会不安という難題に拍車をかけたのが、2月に一気に盛り上がった退職した中高年世代を中心とした大規模抗議デモだ。退職者だけに、集まった人々の頭には白髪も目立つ。医療保険改革に伴う給付削減などの問題がきっかけになった。こちらは白紙運動からの連想で、「白髪運動」とも呼ばれるようになった。

 
ツイッターに投稿された、中国湖北省武漢市で2月に起きた抗議デモの一場面とされる画像=共同
 

新型コロナウイルス感染症が最初に発見されて長期の都市封鎖を強いられた湖北省武漢市。ここでは2月、断続的に地元企業の退職者らによるデモが起きた。住民らによると、その動画をSNS(交流サイト)でやりとりした人や、参加者の一部が連行されたり、拘束されたりしている。

実は、白紙運動と白髪運動には、大きな関連性がある。ゼロコロナ政策を政治的な理由で3年近く強引に続けてきた結果、中央・地方の財政は修復が困難なほど傷んでしまった。

中国の全国民が日々、強制された無料PCR検査に投入された財政資金は莫大だ。ゼロコロナ実施のためのIT(情報技術)システム導入費用、住民の移動を実力で阻止する街の管理人員の人件費を含めれば、その予算は天文学的な金額になる。

一方、消費不振による景気悪化と、住宅・不動産不況からくる地方政府の土地使用権販売収入の大幅減で、歳入は落ち込んだ。ない袖は振れない。医療保険改革の掛け声の下、各地で打ち出された経費削減策は、その穴埋めだ。これは明らかにゼロコロナ政策が失敗した結果である。

白紙運動、あるいは白髪運動に似た動きが今後も断続的にあるのならば、共産党政権にとって、これまで経験のない大きな脅威になりうる。公安と国家安全部門の強化、それを党中央直轄とする組織改革案の検討は、切迫した危機感が誘発した防衛反応でもある。

習はこの10年間、汚職撲滅を掲げた苛烈な「反腐敗運動」で共産党の内部を固め、ある意味、大成功を収めた。ただし、これは1億人近い党員だけを対象にしたものにすぎない。

一方、今回の白紙運動、白髪運動の主体は、党と直接、関係のない、残る13億人の一般民衆だ。反腐敗運動と同様の統制手法では効果がなく、どうしても警察力などに頼る治安維持に傾くことになる。

李強・次期首相の初仕事は政府から党への権限移譲か

全人代では、習側近の李強(リー・チャン)が、新たな首相に就任する。その初仕事は、世界から関心を集める大きな景気浮揚を実現するための経済政策づくりとみられてきた。だが、実際に最も重要な政治的使命は、国務院の権限削減と、習を核心とする党中央への指揮権移譲になる公算が大きい。

 
中央経済工作会議で演説する李強氏(2022年12月、北京)=新華社・共同
 

3月中旬の全人代閉幕時の就任記者会見で李強は、中国国民と全世界にいかなるメッセージを発信するのか。単に習側近として、その意向に沿う当たり障りのない話をするだけでは、直面する危機から中国を救うことなどできないのは明らかだ。朱鎔基、温家宝李克強という歴代首相に匹敵する迫力ある発言を期待したい。(敬称略)

 

 

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

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