イスラム組織ハマスが、イスラエルを大規模にテロ攻撃した。これに対し、インドのモディ首相は声明を出し、ハマスを非難し、イスラエルへの支援を申し出ている。

イスラム組織ハマスが電撃的なイスラエル攻撃を敢行した(ロイター/アフロ)

 他国の紛争において、インドが中立や非同盟ではなく、明確に片方の側に立つ声明を出すことは、あまり多くない。なぜ、インドは、イスラエルを支持することを決めたのだろうか。それには、今回の攻撃がインドの国益にとって、明確な挑戦だとみているからだ。

背景にある米国の外交転換

 インドにとって、安全保障上、最も懸念しているのは、中国とパキスタンからの脅威である。今回のイスラエルに対する攻撃は、この対中戦略と、対パキスタン戦略の両方と関係している。

 まず、対中戦略との関係だが、今回の攻撃は、米国の対中シフトと関係しておきた可能性がある。米国は、欧州や中東、アフガニスタンなどから撤退し、インド太平洋へ、戦力を再配置しようとしている。しかし、中東には、イスラエルの生存と、イランの問題がある。

 米国の関与が低下したとしても、その負担を分担してくれる国が必要だ。そこで浮上するのは、イランに対抗する地域大国サウジアラビアの役割である。サウジアラビアイスラエルの国交を正常化させ、対イラン包囲網を固めれば、米国の関与が低下しても、ある程度、紛争を抑止する効果が出るだろう。

 そのような背景をもって、米国は、特にトランプ政権成立後、力を入れてきた。トランプ大統領の最初の訪問国がサウジアラビアで、トランプ政権末期には、イスラエルアラブ首長国連邦UAE)などのスンナ派アラブ諸国を和解させた。最終的にイスラエルサウジアラビアが国交を正常化するように、促してきたのである。

 この方針は、バイデン政権成立直後に、米国がサウジアラビアに制裁をかけたときに、一旦止まったように見えたが、その後、インドも加えて再びイスラエルサウジアラビアの国交正常化に取り組んできた。

 バイデン政権になって推進してきたのは、インド・イスラエルUAE・米国という4カ国の協力関係、各国の頭文字をとったI2U2という枠組みである。この枠組みは「西のQUAD」とも呼ばれ、主に経済や技術連携を前面に出しているが、実際には、対パキスタン、対イランを念頭に置いたミサイル防衛網などで協力する各国の枠組みでもあった。

インド製のミサイル防衛システムもイスラエル製のレーダーを使うもので、イスラエルUAEミサイル防衛で協力しており、その3カ国すべてが米国の武器を使う国になっている点でも共通である。だから、I2U2は、QUADと同じで、表向きは技術・経済協力だが、実際には安全保障協力であり、UAEとの協力の先にサウジアラビアとの協力も念頭に置いた布石にもなっているのである。

 さらに、I2U2の先に新たな経済構想も出てきた。今年の主要20カ国・地域(G20)首脳会談の際には、インド―中東―欧州―米国という地域を結んだ「インド・欧州・中東経済回廊」の覚書に署名した。

 署名した国には、インド、米国、欧州連合EU)、UAEサウジアラビアが含まれている。中国のインフラ事業である「一帯一路」構想に対抗する側面と、米国が中東で担ってきた役割を分担させるものである。

対抗する中国とイラン、そしてハマス

 面白くないのは、中国とイラン、そしてハマスだ。米国が欧州や中東から戦力を持ってきて中国包囲網を強化するならば、中国は阻止したい。その鍵はイランとサウジアラビアの国交を正常化させることだ。

 イランとサウジアラビアの国交が正常化してしまえば、対イラン包囲網のために、イスラエルサウジアラビアが手を組むことはない。中国は今春、これに成功した。

 イランも面白くない。イスラエルサウジアラビアが手を組んでイラン包囲網を築くのを防がなくてはならない。

 防ぐ手段の一つは、イスラエルパレスチナの戦いを起こし、これをユダヤ教徒イスラム教徒、という構図にすることだ。そうすれば、ユダヤ教徒の国であるイスラエルと、イスラム教徒の国であるサウジアラビアが手を結ぶ雰囲気でなくなる。

 ハマスも面白くない。イスラエルUAEの国交が正常化してしまい、次第に、他のイスラム諸国がイスラエルを和解するにしたがって、パレスチナ問題は、イスラム諸国の間で優先順位を下げられつつある。イスラエルサウジアラビアまでが国交を正常化してしまったら大変だ。ハマスは、イスラエルサウジアラビアの国交正常化を妨害したいのである。

インドの役割

 インドの立場は明確だ。インドは米国の対中シフトを歓迎している。そのために、中東で負担を分担する意思もある。インドにとって中東は、経済発展のためのエネルギー資源の供給源であり、パキスタン包囲網形成にも有効だ。

 インドにとっては、イスラム過激派の問題でも、イスラエルの立場に近い。パキスタンイスラム過激派を訓練し、インド各地でテロを行ってきた。インドにとってイスラエルは、イスラム過激派のテロの被害者として、共通の国益を有する。テロ対策で協力してきた「同盟国」だ。

 特にインドとイスラエルの関係は、モディ政権成立後、進展してきた。インドには、パキスタンの総人口を上回るイスラム教徒がいて、選挙では一定の票数をもつ。だから、モディ政権以前は、選挙に勝つためには、パレスチナへの配慮した方がいい、と考えられてきた。イスラエルとの関係進展は難しかったのである。

 しかし、モディ政権はイスラム教徒からの支持をあまり受けることなく、選挙で圧倒的に勝利した。だから、モディ政権において、イスラエルとの関係が急速に進展したのである。

 イスラエルとともに、インドはイスラム過激派と戦う。今回のハマスの攻撃は、非戦闘員に対するテロであり、対中戦略上も妨害行為である。インドとしての立場は明確なのである。

 

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安倍さんが伏線を引いたアジア・インド・中東戦略、 岸田首相や外務省は全く理解していないのであろう。(パルデン記)