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家族会・救う会は、3月12日に、文京区民センターにおいて「東京連続集会127」を開催 家族会・救う会の新運動方針報告

★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2024.03.13)家族会・救う会の新運動方針について

  家族会・救う会は、3月12日に、文京区民センターにおいて「東京連続集会127」を開催しました。以下はその報告です。

■家族会・救う会の新運動方針について1

横田拓也(家族会代表、横田めぐみさん弟)

◆今回の運動方針は大きく対話路線に舵を切ったが
 皆様こんばんは。

 本日もお忙しい中、東京集会にお集まり頂くと共に、必ず北朝鮮よる日本人拉致問題を解決するんだという意志をもって共に戦って下さることに心から感謝致します。

 家族会・救う会は先月2月25日に合同会議を開催し、今年度の新たな運動方針を決めました。

 既に救う会のホームページにも情報公開されていますし、当日の様子は多くの報道でも取り上げて頂きました。

 今回の運動方針は一言で言えば、家族会・救う会は大きく対話路線に舵を切ったと言うことです。

 しかし、最初にお断りと確認をさせて頂く点として、家族会・救う会が無条件で対話路線に舵を切ったのではないことを改めて申し上げておきます。

◆苦渋の判断の末、「独自制裁を解除することに反対しない」を盛り込んだ 今年度の新たな運動方針は「親の世代の家族が存命のうちに全拉致被害者の一括帰国が実現するなら、我が国が人道支援を行うことと、わが国がかけている独自制裁を解除することに反対しない」という内容です。この「わが国がかけている独自制裁を解除することに反対しない」と言う部分を新たに盛り込みました。

 苦渋の判断の末、新しい運動方針を決めました。各地の救う会の方からは疑問の声も上がりました。私たち拉致被害者家族は苦しい判断でした。北朝鮮による日本人拉致問題は、加害者が北朝鮮で、被害者が日本国であり私たち日本人です。
これほど単純明快な構図はありません。

 その被害者である私たちが加害者側に譲歩して制裁解除することに反対しない、対話をしましょうと言うことは通常であれば考えられません。私たちはこれまで一貫して北朝鮮への強い制裁を課すことを日本国内はもちろん国際社会に訴えて来ました。

 過去に遡れば、家族会・救う会万景峰号入港反対デモを行い、「家族を帰せ!」「船は帰れ!」と叫び続けました。どんな苦しい思いで、どれほど必死な気持ちでとりわけ親世代の拉致被害者家族が声を上げたことでしょうか。

 一方で、親世代の高齢化は進み、有本明弘さん95歳と横田早紀江88歳の二人だけがギリギリのところで戦っている現状があります。親世代が健在の内に再会させる必要があります。

 こうした背景から、譲歩する悔しさを押し殺して、対話路線に舵を切ることの苦しい思いと悔しい思いを理解して欲しいと思います。

◆岸田総理に、方針変更には2つの前提条件があると報告

 3月4日、家族会・救う会は岸田首相と首相官邸で面会をしました。その席で私から、「個人の立場では、北朝鮮への感情は”怒り”、”憎しみ”、”敵対心”、”恨み”しかありません。それでも拉致被害者家族の親世代である有本明弘さんと横田早紀江が自分達の家族との再会を実現させることを優先させるために大きく方針を変えた次第です。

 但し、家族会・救う会は無条件で日本が北朝鮮に課している独自制裁解除に賛成している訳ではないことを改めてこの場でもお伝えします。全拉致被害者の即時一括帰国が実現すること、そしてそれには親世代が健在・存命の内に果たされなければならないというタイムリミットを設けていることを前提条件としています。

 仮に、親世代が健在・存命の内に全拉致被害者の即時一括帰国が果たされなければ、私たちは日朝国交正常化交渉には全面的に反対を表明し、日本が課してい北朝鮮への独自制裁の更なる強化を具体的に求めることになります」と伝えました。

 こうした動きがある中で、私たちを支えて下さっている超党派の国会議員による「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」とは別の議連では、あたかも北朝鮮当局の意を汲むかの様な動きをしている実情があり、単純に独自制裁の解除だけを容認するような流れさえありました。

 その集まりに出席されていた良識ある国会議員の方から、「北朝鮮に誤った理解を送るべきではない」との声が上がり、当初提示された内容からは大きくトーンが修正された形になりましたが、私たちはもちろん国内の世論がこうした受け入れられない相手を手助けするかのような動きに注意を払う必要があることを認識するべきだと思います。

◆「部分的解決」や「段階的解決」は求めていない

 私たちが要求している点を繰り返し申し上げます。全拉致被害者即時一括帰国です。「部分的解決」や「段階的解決」は求めていません。また「合同調査委員会」や「連絡事務所」の設置も求めていません。調査する必要が無いからです。
北朝鮮当局は拉致被害者を24時間厳重監視下で誰がどこで何をしているかを把握しています。どこにいるか分からないという欺瞞の前提に立ち、いつもの時間稼ぎのための騙しの謀略に絶対に乗ってはなりません。

 そして解決には親世代が健在な内にという時間的制約を設けています。仮に親世代が他界した後に拉致被害者を帰国させたとしても解決とは見なすことは出来ません。その場合、日朝国交正常化交渉に全力で反対を表明します。独自制裁強化を求めることになります。こうした私たちの考え方に、どうか一致団結してご支援頂けますよう宜しくお願い致します。

 日本政府におかれましては、要求の水準を下げることなく、そして北朝鮮当局に騙されることなく毅然とした外交をお願いすると共に、首脳会談開催で両国が明るい未来を描ける平和的解決を目指して欲しいと思います(拍手)。

横田哲也(家族会事務局次長、横田めぐみさん弟)

◆安易な妥協はしないでほしい

 皆さん、こんばんは。3月4日に、横田拓也家族会代表、飯塚事務局長、私、有本明弘さん、私の母の横田早紀江の5人と、そして西岡救う会長が総理官邸に赴き、岸田首相並びに林拉致問題担当大臣と面会させていただきました。

  その場には外務省の鯰(なまず)アジア大洋州局長もおられましたが、家族会からは改めて、連絡事務所の設置や合同調査委員会の提案があっても受け入れないでほしいとお伝えしました。

 その背景は、これまでの日朝首脳会談で当時の外務省の高官が、日本人を救出することよりは、日朝国交正常化を優先したのではないかと思われるようなことがありましたので、総理の前で局長にそういう懸念を表明しました

 今後、この運動方針の先に日朝首脳会談が行われたとして、間違いなく日本に対して謀略を仕掛けてくることが推察されます。具体的な例としては、シンボリックな存在である横田めぐみだけを返して、あとは死んでいたとするようなことです。

 逆もあります。多くの人は返すとして、北朝鮮に不都合な人は返さない等、色々なことがあると思います。場合によっては、「死亡した」という情報も出すかもしれませんし、また「偽遺骨」が出るかもしれませんが、その際日本政府は絶対に引き下がらないで、明らかな証拠が示されない限りは真相を追及してほしいと思います。決して安易な妥協はしないでほしいと思います。

 また、日本国は北朝鮮によって主権を侵害され、自国民の人命や人権が蹂躙されているという事実を今一度確認した上で、怒りをもって交渉に応じてほしいとお願いしました。

◆これが最後のチャンスではないか

 今回、能登地震に際して「岸田文雄閣下」という見舞電報があったり、金与正のコメントがあったように今がチャンスかもしれません。一方日本を騙そうとしているのかもしれません。

 そして有本のお父さんや私の母の年齢を考えますと、これが最後のチャンスだと捕えています。岸田首相は、結果を出すよう金正恩を説得して、両国が明るい未来に向かえるように、是非結果を出してほしいと思っています(拍手)。

(2に続く)

■家族会・救う会の新運動方針について2

北朝鮮が岸田首相に大変高い関心を持っている

西岡 力(救う会会長)

 では、運動方針とその背景となる北朝鮮の状況、そして日本政府の姿勢等についてお話をしたいと思います。私がここで話したことと一部重なることもありますので、ご了解ください。

 3月になって、表向きの動きは見えないわけですが、北朝鮮が岸田首相に大変高い関心を持っているのは間違いないと思います。

 昨年の5月の国民大集会で、岸田首相が、「ハイレベルの協議を行いたいと思います」と言ったわけですが、二日後に北朝鮮の外務次官が、談話を出しました。
談話の中で、「岸田文雄首相がある集会で、『高いレベルでの協議を行いたい』と言った」と。岸田首相という名前がそこにあった。

 そして1月5日の金正恩委員長の名前の能登地震へのお見舞いでは、「岸田文雄閣下」となっていた。そして2月の金与正談話では、「岸田首相」あるいは、ただの「首相」を含めると、紙一枚の中で5回、「岸田首相」に言及した。

 日本に関する関心の高さだけではなく、岸田政権、あるいは岸田首相に対する関心の高さが以上のことから分かります。

 一体、なぜなのか。過去に松原仁さん(民主党政権時代の拉致問題担当大臣)が雑誌の対談か何かで話したのですが、北朝鮮から激しくののしられた。その時野党だった安倍晋三さんにあったら、「あなたも一人前になったね」と言われた。

 安倍さんも激しくののしられたのです。過去、日本の拉致問題担当者は、ののしられるとだいたい一人前だと言っていたのです。ところが岸田首相に対するののしりはなく、「会えない理由はない」とか、「平壌を訪問することがあるかもしれない」とか、「閣下」とか、言っているんですね。

 明らかに対応が違うんです。悪口を言うのと無視するのとどっちがこちらにとってよくないかと言えば、無視される場合です。悪口を言う場合は、強い制裁が効いていて嫌だという現われです。

 しかし、繰り返し「閣下」とか、「平常に行ける」と言うのは、今までないことです。

拉致被害者救出を核・ミサイル問題と切り離して取り組むことを表明した

 日本は今、国連制裁よりも高い制裁をしています。岸田総理が制裁を緩めたわけではない。北朝鮮にとって何か実質的にプラスになることを、岸田政権がやったわけではないのです。

 岸田政権がやったことは一つあります。一昨年の10月23日の国民大集会で、拉致問題は時間的制約のある人権問題だ」と言ったのです。岸田総理が、「拉致問題、核・ミサイル問題を包括的に解決して国交正常化をする」と言いました。安倍総理菅総理もそう言っていました。

 しかし、そこで文章が終わらないで、「人権問題だが」と言って、ご家族の高齢化等もありと言った後で、「拉致問題は時間的制約のある人権問題だ」と言ったのです。拉致・核・ミサイルの3つの中で、拉致問題だけに時間的制約があると言ったのです。拉致だけに期限を付けたと読めます。

 その時、拓也さんも私も壇上にいて、「これは」と思ったのです。拉致問題と核問題を切り離してほしい」と代表以下言ってきて、飯塚耕一郎さんが一番強くいったのです。核問題は簡単に解決しないと言っていたのです。

北朝鮮が核開発を続けていた時代は「包括的解決」が正しかった

 しかし、菅さんも安倍さんも、「拉致・核・ミサイルを包括的に解決する」としか言わなかったのです。そういう中で有本嘉代子さんがいなくなり、横田滋んがいなくなり、飯塚?雄さんが亡くなることがありました。それが一つ。

 もう一つは、北朝鮮米朝関係を完全に動かさなくなった。無視して核開発を続けるようになった。トランプ政権の時は核問題が動き出していたのです。その時の我々の課題は、核だけが動いて拉致が置き去りにならないようにすることでした。だから一緒にやりましょうと言う方が戦略的に正しかったのです。

 核問題で戦争直前まで軍事緊張が高まり、金正恩暗殺作戦の演習まで米軍がやり、北朝鮮は2年間に3回核実験をし、40発のミサイルを撃った。そういう状況の後に米朝首脳会談となったわけです。

 その中で安倍政権は、トランプ大統領と一緒に、「核問題を一緒に解決する」と。しかし、「核だけでなく、拉致も解決しなければ困る」と言っていたのです。
米朝首脳会談は結局物別れに終わりました。

 ところが安倍さんが病気で総理を辞め、トランプ大統領が選挙で負けて退陣し、菅政権になった。今でも覚えていますが、就任数日後に私が呼ばれて、ちょうどこの集会をやっている日で、島田洋一副会長につないでもらって遅れて参加しました。
 その時私は菅さんに、「まだ北朝鮮は核開発を止めていない。バイデン政権が軍事力を使ってでも止めさせる局面が来るかもしれない。安倍政権の時は、拉致も必ず言ってもらうことで成功した。しかし、バイデンがそれを言うかどうか分からない。だから拉致が置き去り尾にならないように、アメリカに対してきちんとやってほしい」とお願いしました。

◆国際情勢が変わった

 結果的に核は今全然動いていない。バイデン政権は事実上北朝鮮無視しています。北朝鮮側もバイデン政権との話し合いを無視しています。アメリカはウクライナの戦争があり、イスラエルに対しハマスというテロ集団の攻撃があり、そして中国が台湾にいつ侵攻するか分からないという緊張状態がある中で、北朝鮮問題の比重が下がっています。

 去年の5月にワシントンDCに行った時、議会やマスコミはほとん北朝鮮問題を取り上げていないということでした。専門家だけが議論している。そういう状況の中で、このまま行ったら、バイデン政権の間は一切何も起きない。

 「核も拉致も」と言っていたら、あとお二人になってしまった親の世代が被害者に会えないまま、もしかしたらこの世を去るかもしれないという状況を見て、一昨年の10月に岸田政権が舵を切ったのです。

北朝鮮が苦しくなった

 そうしたら半年経って5月に返事が来たわけです。それ以外、何か変わったことはないのです。もう一つの要素は北朝鮮が苦しくなったことです。コロナという要素もありますが、その前から厳しい国際制裁がかかった。

 2017年の3つの国連安保理制裁で、北朝鮮の外貨がほぼ絶たれました。北朝鮮から物を買ってはいけないというリストを作って、北朝鮮の輸出が以前は年間30億ドルあったのが、制裁の後は3億ドルになりました。90%の外貨がなくなったのです。また北朝鮮の労働者を雇ってはいけないことになった。労働者が送金するお金が遮断された。

 それで必死になって彼らが見つけたのがハッキングでした。ハッキングした仮想通貨を現金化しなければならないのですが、現金化させないようアメリカが相当動いた。

 外貨がほんとうになくなったところでコロナになって、完全に鎖国して中国との関係が絶たれました。北朝鮮の庶民の経済は事実上中国経済の一部になり、市場では人民元が使われていましたが、それが遮断された。

 そして一昨年から食糧難が深刻化して、去年は餓死者が出るような状況になった。北朝鮮が苦しくなり、特に食糧難が苦しくなった。兵士たちすら食べるものがなくなって、軍を維持するためにも食糧が必要だし、幹部たちの食糧も少なくなってきた。一時期止まったりもしていた。

◆岸田首相、「拉致問題は核・ミサイル問題と別次元で扱う」

 そういうタイミングで岸田首相が、「拉致と核・ミサイルを切り離す」と言った。多分平壌は、岸田首相が最初に国民大集会で言った時、一体どういうことだろうかと思ったと思います。

 その時、「月刊WILL」で、櫻井よしこさんが岸田首相を単独インタビューすることになった。事前に私に電話がかかってきて、「拉致問題で何を聞いたらいいか」と聞かれたので、是非これを聞いてくださいと頼んだ。

 「岸田首相が拉致問題に、『時間的制約』という言葉を付けた。核・ミサイルにはつけなかった。この真意はなんですかと聞いてください」と頼んだ。そうしたら岸田首相がまず、「金正恩委員長へのメッセージです」と。そして、「推敲に推敲を重ねて作りました」と。

 偶然でてきた言葉ではなく、全体の状況を見て、「安倍さんや菅さんが言っていないことをこのタイミングで言おうと準備してきた」。そして家族の高齢化等もあって、「拉致問題は核・ミサイル問題と別次元で扱う」と、テープレコーダーが回っている所で言った。

 平壌に分かってほしいと思って言ったのだと思います。それを私が色々な所で言いまくった。「これは重大なことだ」と。国民大集会の時の言葉も首相の言葉ですから重いですが、一昨年の年末には安保三文書が改定されたのです。

 その中で、「現憲法下でも敵基地反撃能力を持っていい」という方針転換や、「GNPの1%ではなく2%程度まで防衛費を増やす」とか、日本の防衛政策を変える等の様々な決定がその「安保三文書」に書かれたのですが、一番重たい文書は国家安保戦略文書で、その中で「拉致問題は時間的制約のある人道問題」と書かれました。

 私は拉致問題対策本部の幹部に、「人権問題とか人道問題という言葉を使っている」と。当時の松野長官はどこでも「人道問題」と言っていましたが、岸田総理は時々、「人権問題」と言ったり、「人道問題」と言ったりします。「どっちが正しいんですか」と聞いたら、「国際社会に対して人権問題をアピールする時
は人権問題で、平壌に対してはこちらにとっても人道問題、あなたにとっても人道問題という枠組みで人道問題と言っている」ということでした。

 どちらにしても、国家安保戦略文書に「時間的制約」という言葉が書き込まれた。これは閣議決定されます。だいたい10年くらいかけて改定するものです。拉致だけに「時間的制約」を付けた。

 安保戦略ですから核・ミサイルのことがたくさん書かれています。「日本にとって危険だ」と書かれています。北朝鮮はすでに日本を射程に入れた核・ミサイルを実戦配備したということも書いています。そういう中で拉致だけに「時間的制約」を付けた。

◆3つの状況を見て、「人道支援に反対しない」という方針を昨年決めた

 それを見て私たちは、去年の2月に、「人道支援に反対しない」という運動方針を決めたのです。岸田政権が初めて、事実上拉致と核を切り離すことを一昨年の10月に決めたので、去年の2月に、「全被害者が一括帰国で帰ってくるなら」と「親の世代が存命の内に」という2つの条件を付けて、「人道支援に反対しない」というカードを切ったのです。

 これまでは制裁をしてくれと言ってきましたが、制裁の解除とか支援という言葉を使ったことはありませんでした。我々もタイミングを見たのです。

 生前安倍さんは、よくこう言っていました。「制裁は2回使える。かける時とおろす時だ」と。人道支援を今止めているのは、直接的な理由は偽の遺骨が出てきたことに対する制裁なんです。

 2度目の小泉訪朝の時、25万トンの食糧支援を約束して、12万5千トン送りましたが、北朝鮮から「遺骨と称するもの」が来て、5人の家族も帰りました。
しかし、「遺骨と称するもの」等がでたらめな物だったので、「約束が履行されていない」として、残りの食糧支援は止めてしまった。

 だからある面で、我々が要求していた「遺骨」に対する、微々たるものではありますが抗議だったのです。あの時私たちは、「制裁をかけてくれ」と座り込みをしました。

 しかし、米朝が動かず米朝が先に動くことはないこと、親の世代が次々に亡くなっていること、北朝鮮が困ってきたという3つの状況を見て、「人道支援に反対しない」という方針を昨年決めたのです。

(3につづく)

◆憎しみや怒りはあるが、日朝が変化したタイミングをつかみたい

西岡 力(救う会会長)

 先ほど、横田代表から、「救う会の仲間たちから異論があった」という話がありましたが、今回より去年の方が異論が多かったのです。それは初めて舵を切ったからです。

 我々は米支援に対しては言いたいことがいっぱいあるわけです。米支援反対の座込みもしました。アメリカ人の監督が作ってくれた、「めぐみストーリー」という映画がありますが、あの中で自民党本部前で座込みをしている映像が出ています。有本のお父さんは檄を飛ばして、「バカヤロー!」と言っていましたよ。 そういうことをした団体が舵を切る時は、一緒に座込みをした人たちもいます
し、雨の日も、夏の暑い日も、寒い中でも、月に1回以上街頭に出て署名活動をやってきたわけです。

 だからなぜ救う会の本部が、「支援に反対しない」等というのか、北朝鮮犯罪集団じゃないか」、という声が強かったのです。その時にも、横田代表がマイクを取って、「私たち家族が一番悔しいし、北朝鮮に対する憎しみを持っている。先ほども総理に対して、「憎しみや怒り」と言っていました。

 そして、全国の仲間に直接の言葉で、「しかし今このタイミングで運動方針を出すことが、本当に親の世代がいつ、どうなるか分からない中で有効だと思った」
という話をしました。

 去年のその時まで早紀江さんは割と元気だったのですが、その月の終わりに倒れられて、入院して手術を受けるということがありました。その後無理ができない体調になりました。

 我々としては、「親の世代が存命の内に」という切迫感がより強まったのですが、去年の2月のタイミングであの運動方針を出せたのはよかったと、今思っています。

 日本が、核問題が動かない中で、北朝鮮に、例え国連制裁違反ではないにしても、人道支援をするというカードを切る時に、「アメリカの核に守ってもらっていて、勝手なことをするな」とアメリカに言われたら、なかなか動きにくいし、また平壌も、「いくら岸田政権が(拉致と核を)切り離すと言っても、アメリがそれを許容しないのなら岸田を呼ぶ意味がないじゃないか」と思うわけです。

 2002年の9月に、平壌宣言に小泉総理がサインした時、北朝鮮では、「これで日本から多額のお金が来る」と思った。これは複数の人からも聞いています。
例えば太永浩(テ・ヨンホ)さん。当時外交官で平壌にいた人も本に書いています。

 「100億ドルが来る」と。しかし、止まってしまった。そこでの総括は、拉致問題で日本の世論が怒ったことは、あまり理由としては高く評価されなくて、
アメリカが、「核問題が動かないのに勝手なことをするな」と言ったからだという総括だったそうです。「やはり日本というのは自主外交はできない」と。

 そしてトランプ大統領との交渉を先にやったりしたのだと思いますが、今回もアメリカはこの新しい運動方針、岸田総理の「時間的制約」という言葉を使った事実上の切り離し、そして我々が「人道支援に反対しない」と言ったことをどう評価するかということを、平壌が強い関心をもって見ていると思いましたし、コロナ開けになったこともあり、それで去年5月に訪米したのです。

 ホワイトハウスNSC国家安全保障会議)で対北政策を担当しているアジア・太平洋調整官に会い、国務長のナンバー2の副長官、東アジア担当の次官補(局長)、人権担当の次官補代理、制裁担当者等に会い、そして民主党・共和党の主要議員に会いました。

 また、ワシントンを拠点にして北朝鮮の人権問題を取り上げているNGOのリーダー、シンクタンク北朝鮮の専門家たちに精力的に会ったのですが、みんなこの運動方針について、「理解できる」と言いました。「アメリカの国益に反するので反対だ」という人はいませんでした。

金正恩は岸田首相の発言に関心を持っている

 それを見ていて、5月の27日に岸田首相が、私たちの国民大集会に来て、「時間的制約のある拉致問題は、ひとときもゆるがせにできない人権問題だ」と言った。「ひとときもゆるがせにできない」という強調の言葉を付けた上で、「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と言ったのです。

 それが土曜日の2時半でしたが、月曜日の朝、「朝日両国が互いに会えない理由はない」との談話が出た。その中で、「岸田首相が27日のある集会で、『高いレベルでの協議を行いたい』と言った」ということまで入っていた。

 土曜日に岸田首相が何を言うかをその場で聞いて、土日の間に金正恩委員長の決済をもらって月曜日に談話を出した。岸田首相の発言が談話に出ているのですから、聞いていないと書けないし、事前に決済を貰うこともできない。

 平壌は一昨年の10月以降動きをずっと見ていて、「岸田首相が何を言うのか、すぐに私に報告しろ」と金正恩委員長が誰かに命令を出していたとしか思えないのです。

「土曜日に岸田首相が何か言うから注目してくれ」との日本側のメッセージが伝わったのかもしれない。そのくらいの速さで返事が来た。岸田首相が「時間的制約」という言葉を10月に最初に使ったことへの返事でもあった。あるいは我々の、「人道支援に反対しない」という運動方針への返事でもあったと、私たちは理解しています。

 その後表面的な動きがなくて、残念ながら岸田政権への支持率が少しずつ下がり始めた。北朝鮮の人が自由に外国に行ったり来たりし始めたのは、去年の10月頃からですから、北朝鮮の人が海外に出たら「隔離期間」というのがあって、なかなか機動的に日朝がどこかで会って、金正恩委員長に報告するのは難しかったのかもしれない。

 しかし、「会えない理由はない」と言ったのにどうなっているんだろうと思っていたら、1月1日に起きた能登地震に対して、金正恩委員長の名前でのお見舞いが岸田総理宛に来た。

 その頃は、政治資金の書き換え問題で自民党に対する批判が高まっている中、岸田政権への支持率も下がってきていた。通常支持率が下がっている政権とは交渉しないと言われていました。何か約束しても、それを実行する力がないと見られるからです。

 しかし、「岸田文雄閣下」という電報が来た。それで、水面下で何かつながっているのではないかと期待を持ったわけです。そしてその電報は、朝鮮労働党機関紙である「労働新聞」に全文掲載されました。

 これはめぐみちゃんたちも読むのかなと思って、脱北者の人たちに聞いてみた
のですが、「最近は紙があまりなくて、そんなにたくさん配れるわけではないけど、労働党の党員はみんな読んでいる」ということでした。

 少なくとも党の幹部たちは、「岸田首相に閣下という言葉を使った。最高指導部は日本との関係を改善する意思があるのではないか」と推測していたのです。
最高指導部の動向はみんな見ているわけです。

 そういう状況で、「岸田ばかやろう」等と言うと、政治犯になってしまうかもしれません。韓国の大統領に対しては北朝鮮ではみんな悪口を言っています。バイデン大統領に対しても、「老いぼれ」とか言っています。

 でも岸田さんに対する悪口はほとんどないわけです。特に高いレベルではない。外務省の日本研究所の研究員が、北朝鮮のホームページで何か言ったことはあり
ます。

◆金与正談話の意味

 そして金与正談話(キム・ヨジョン、金正恩の妹)が出た。ある面でマニアックな話ですが、櫻井さんの国家基本問題研究所の私は理事をやっていて、そのホームページの今週の月曜日のコラムに書いたものがお手元にあると思います。

 「既に解決済みの拉致問題」という言葉が入っています。そして、拉致問題を障害物としない限り、岸田首相が平壌を訪問する日もあり得るだろう」となっています。拉致被害者を返すことについては肯定的でない報道解説が多かった。しかし、その解説は朝鮮語を正しく読んでいない。

 直訳すると、「解決済みの拉致問題を障害物としてのみ置かない限り、両国が親しくなれない理由がなく、首相が平壌を訪問する日もあり得るだろう」となり
ます。「障害物としてのみ」の「のみ」が曲者です。「障害物として置かないなら」とした方が文章としてはきれいです。

 日本語と朝鮮語は語順がまったく同じです。そして、「のみ」とあるので、障害物とは別の物として置けばいいのか。障害物という位置づけで置かなければい
いわけです。「拉致問題を未来のための交渉材料として置けばいいのか」という解釈ができる文章になっています。

 わざわざ「のみ」としたのは、何かそこに意味があるわけです。ところが日本のテレビ局は、「既に解決された拉致問題を両国関係の障害物としないのであれば」と報道してしまった。どの新聞も同じように報道しています。どれも「のみ」を報道していない。

 ラジオプレスは「のみ」を「さえ」と訳した。しかも「障害物としてのみ置かない限り」を、「置くことさえ」と「置くこと」の後ろに「さえ」をつけた。ラジオプレスが北朝鮮の発言をすぐ翻訳して、マスコミに回すのですが、マスコミは字数を減らしますから、「さえ」も取って報道した。

 北朝鮮の「朝鮮中央通信」は、日本語のサイトもあります。これをチェックしたら、「障害物としてさえ据えなければ」とあります。私の直訳の「障害物としのみ置かない限り」とほぼ同じ内容です。

 ところが3、4日経ったらそれを変えて、「障害物として置かなければ」に変えた。なぜかは分かりません。日本の報道を見て変えたのか。しかし、金正恩関係幹部がここに「のみ」を付けろと命令したのは事実です。意図があるんです。

 そして最後に、「これは私の個人的意見だが」として、「拉致は解決済み」と書いている。拉致が個人的意見の範囲に入るだろうかと思ってしまいたくなります。とにかく、この談話で「岸田首相」とか「首相」と5回言及しています。衆議院予算委員会での首相の発言まで引用しています。

 それを今出すのは日本に関心があるからです。北朝鮮が関心を示してきたのは一昨年10月から始まったことです。拉致問題と核問題を切り離す岸田首相の新しい方針転換に北朝鮮が乗ってきたということが言えます。

(4につづく)

■家族会・救う会の新運動方針について4

◆独自制裁とは何なのか

 以上の大きな流れを受けて家族会・救う会は新しい運動方針を2月25日に決めました。横田代表の先ほどの説明通り、「人道支援に反対しない」に加えて、「独自制裁解除に反対しない」を付け加えました。

 但し、1.「親の世代が存命中の内に」と、2.「全被害者の即時一括帰国」という条件を付けています。ばらばらと何人かだけとか、合同調査委員会を作るとかは受け入れられないともしています。

 こういう大きな流れを受けて、北朝鮮が日本と拉致問題を先にやろうとした場
合、被害者が全員帰ってくるなら人道支援を行うだけでなく、独自制裁解除にも反対しないと、日本はもう一つ大きなカードがあることを見せようと思ったわけです。

 独自制裁とは何なのかですが、国連安保理はかなり厳しい制裁をかけています。国連が制裁をかける前に、日本政府は第一次安倍政権の頃から、制裁をかけてきた。

 そもそも日本には制裁をかける法律がなかったのです。議員立法特定船舶入港禁止法を作ってもらい、さらに外国為替管理法を改正してもらいました。貿易制限ができるようにしてもらったのです。

 特定船舶入港禁止法がなかった時は、国交がない国の船であっても入港を禁止することはできないと言われていた。外国為替管理法は、改正前は国連安保理制裁決議をしたから貿易を止めることができた。しかし、日本独自の判断では貿易を止めることはできなかったのです。

 過去に南アフリカがひどい黒人差別をしていた時に、南アフリカ対して貿易を止める国連制裁がかかりました。日本も南アフリカからダイヤモンドを買うのを止めました。制裁をかけたことがあるんです。しかし、拉致を理由になぜかけないのかと我々はずっと言っていたのです。法的根拠がなかった。

 そこで議員立法で特定船舶入港禁止法というのを作ってもらい、それから外国為替管理法を改正してもらった。貿易制限ができるようにしてもらったのです。

 特定船舶入港禁止法がなかった時は、いくら国交がない国の船であっても入港を禁止することができない状態でした。今その法律があるのでできます。

 外国為替管理法の改正がなかった時は、国連の安保理事会が制裁決議した時は貿易を止めることができました。しかし、日本独自の判断では貿易を止めることができなかったのです。

 2003年、2004年頃に議員立法で拉致が理由で制裁できる法律を作ってもらいました。作るに当たって活躍したのが菅元総理が若い時で、また今群馬県知事をしている山本一太さん、そして今落選中ですが水野さんという千葉県出身の方で、その後、みんなの党に行かれました。本当に一生懸命やってくださいました。

 そして北朝鮮が最初に核実験をした時から制裁をかけました。核実験をしたり、大陸間弾道ミサイルの発射実験をしたりした時に日本は、その法律を根拠に制裁をかけました。

 小泉政権の末期、安倍さんが官房長官の時に、北朝鮮がミサイル実験をした時に制裁をかけました。ここで気を付けなければならないのは、その時文書で出た制裁をかける理由に、拉致が入っていなかったのです。

 そこですぐ私は安倍事務所に電話して、「なぜ入れないんですか」と言ったら、その午後に安倍さんが記者会見で、「もちろん拉致問題北朝鮮誠実な対応を取っていない中でミサイルを撃ったのでかけたのです」と言い、口頭で理由に入りました。

 その後は、契機がミサイル発射や核実験でした。しかし、常に「拉致問題で北朝鮮が誠実な対応をしていない」と書き込まれていました。だから正確に言うと、今の日本の独自制裁は核と拉致の両方が理由です。

 でも日本の制裁のかなりの部分は後でできた国連制裁とかぶっています。今日本は一切の貿易を禁止しています。輸出も輸入も全部です。しかし国連制裁では、北朝鮮の輸出はぜいたく品と軍需品以外は禁止していないのです。輸入については、全部というくくりではなく、これを買ってはいけないとリストになっています。

 北朝鮮の過去の実績でいうと、9割が禁止になりました。しかし日本は、輸出も輸入も全部禁止です。国連がまだ食糧品の輸入を禁止していなかった時、朝鮮総連の許宗萬(ホ・ジョンマン)議長の息子が北朝鮮から松茸を輸入したことで逮捕されました。

 今はそれも国連制裁に入っています。日本では国連制裁に入っていない制裁があるのです。それが万景峰号を含む北朝鮮の船舶の往来です。それから朝鮮総連の幹部、核・ミサイル技術者等に対して、日本政府は人権重視の国ですから、出国の自由は与えています。

 北朝鮮は日本人妻に対して出国の自由も与えないわけですからひどいのです。拉致被害者もそうです。在日の人は、特別な歴史的経過があるので、特別永住許可をもらっています。しかし、特別永住許可はあくまでも「許可」ですから、もう日本には住まないと外国に出て行ったら無効になります。

 しかし、出国する前に、再入国許可を貰っていれば特別永住許可有効なまま残せるのです。永住許可を貰っている人は、出ていく前に再入国許可を貰っていないと、帰ってこられなくなります。その再入国許可を出さないという制裁をかけたのです。

 朝鮮総連には北朝鮮の国会議員が6人か7人いますが、行けばいいんです。自分の国なんだから。国会議員だし。でも行かないんです。日本の方がいいから。その部分については日本だけで、国連制裁には入っていません。

 もちろんその部分も核・ミサイルを契機として制裁をかけましたが、今回私たちはそれを「独自制裁」という枠組みにして、拉致で使ってほしいと言ったわけです。

◆再入国許可は一度解除

 過去にストックホルム合意(2014年)というのがありましたね。その時、総連の幹部に対して再入国許可を出さない点は解除しました。それ許宗萬は1平壌に行けたのです。

 金正恩に会いたかったのですが、会えないで帰ってきた。お金をほとんど送れなかったので会ってくれなかったのです。その後、ストックホルムで合意した調査委員会を解体すると言い、核実験をしたので、もう1回制裁をかけました。

 しかし、ストックホルム合意で日本は制裁を一度使ったのです。再入国許可を出さないようにしていたのを出すことにした。今回、全拉致被害者が帰ってくるなら、その部分を使ってくれと私たちは言ったわけです。

 そして、横田代表が言った「対話局面」に入った。この「対話局面」というのは、核問題と拉致問題を切り離して、拉致問題を人道問題と位置付けて、国連制裁違反にならない部分、国連制裁より日本が厳しくしている部分をテコに使って被害者を取り戻すという戦略で、それを岸田総理は一昨年の10月に始めた。

 歴代総理がやったことがないことをやったのです。だから私は、岸田総理が一昨年の10月から始めたことを、「私は信じていますから頑張ってください」と首相官邸に行った時に言いました。それは話すとこういう1時間くらいかかるものです。

 水面下での交渉については分かりません。最後にその見通しについて話しますが、その前に運動方針にありますが、我々ができることとして、この運動方針を広く理解してもらうことです。日本中からこれに支持を得なければならない。

 総理にお会いした日に、拉致議連の会議が開かれ、各党代表の方々が集まってくださり、そこに私が行って、この運動方針について説明しました。そこで金与正談話の話が出たから、先ほどの「のみ」に関する話をしました。そしてメモを作ってくれと言われ作り、そのメモを元にして配布資料のコラムを書きました。

 その後、自民党拉致問題対策本部が開かれ、そこには横田代表も来てくれ、家族の心情の部分を説得力ある形で話してくれました。そこに来ていたある先生は、20年くらいこの会議に出ていた人で、初めてマイクを握り、涙を流し、「家族に申し訳ない」とおっしゃってくださいました。「家族に、ここまで譲歩することをさせてしまったことは本当に申し訳ない」と。

 その後も、この運動方針を理解していただく活動をしてきました。今日の集会もその一環です。そして5月にまた国民大集会を開く予定です。国民大集会での岸田総理の発言から始まっているんです。そして、去年の5月の集会についてはすぐに北朝鮮から返事が来た。

 今年5月まで表面的な動きがないならば、国民大集会での発言が大変注目されるのではないかと思います。

 また拉致議連の先生にもお願いし、今年の運動方針にもありますが、今年も訪米をしようと思っています。アメリカのバイデン政権の要人たちに新しい運動方針で、「独自制裁の解除に反対しない」ことを入れましたと説明したいと思います。

 去年2月の運動方針と5月の訪米の後、岸田総理の発言に平壌からすぐ反応があったことも説明したいと思います。1月の地震へのお見舞い電報と2月の金与正談話です。今日朝は対話局面に入っている。もちろん核問題をないがしろにするのではないけれど、緊急な人道問題があるのでこういうことをやっています、
と。

 親の世代が本当に高齢になって大変です、という説明をもう一度しに行こうと思っています。以上が運動方針とその背景についての説明です。

(5につづく)

■家族会・救う会の新運動方針について5

◆岸田政権の任期は9月

 最後に、今後の見通しについてお話します。分かりませんが、誰かが今北朝鮮接触しているのではないかと思います。そうでなければこういうことは起きないだろうと思います。特に去年の5月以降のことは起きないと思いますが、去年の5月にパイプがつながっていたとすると、なぜこんなに表に出てくるのが遅いのか。

 そして今年1月に電報を出したのであれば、2月に談話なんかをなぜ出すのだろうと思います。水面下でもっと条件をすればいいのに。やる気があって岸田首相にお見舞い電報を出したのなら、どういう条件で平壌に来られるか、来られないかを水面下で話をすればいいのに、なぜ談話という方法を使うのだろう。

 何か理由があると思います。そして談話でわざわざ「のみ」という言葉をつけたりして、平壌に呼んでもいいというニュアンスをなるべく出そうとする談話を出してきた理由は何だろう。

 なかなかその謎は解けません。何か交渉していて、岸田総理にもう一歩決断を求める部分があるのか。でもその部分が、「一括帰国を求めるな」、「何人か出すからそれで大規模な支援をしてくれないか」というようなものであったとすれば、我々は反対せざるを得ない。

 一方、日本の政治を見ると、9月に自民党の総裁選挙があることが決まっている。岸田首相の任期が9月で終わるのは決まっています。今派閥がなくなったりして、自民党の総裁選挙がどうなるか、誰も予想ができない。平壌もそう思っていると思います。

 岸田首相と交渉したのだとすると、平壌にもそれほど時間がない。そういう中で2月に談話を出して、どういうスケジュールになるのか。外交スケジュールとしてはもう一つ大きなことがあります。プーチン訪朝です。

 公開的にプーチンを招待するため、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務大臣がモスクワまで行きました。それに対してロシア側も肯定的な反応をしました。「いつ」とは言っていませんが、「行く」とは言っています。3月にロシアで大統領選挙があります。プーチンさんが当選することは決まっていることです。そこまでは外遊はない。

北朝鮮は韓国と戦えないから「戦争をする」と言っている

 一方最近報道されているところでは、北朝鮮が提供した砲弾は、半分は不発弾でした。最近ウクライナ側の情報関係者が言っていました。ミサイルも24発撃ったけど、まともに目標地点に行ったのは2発だけだった。砲身の中に入れただけで爆発して、ロシアの兵士がけがをするケースはひんぱんに起こっている。

 ロシア側は今、北朝鮮に激しく抗議しています。代金の支払いを止めているという話もある。関係がよかったのは砲弾を提供したからですが、使ってみたら古い、不良品をたくさん送ったのではないか。

 新しく作ったものも不良品がよくあるようです。ということで朝ロ関係は微妙です。北朝鮮はそのことに今必死になっています。なんとか朝ロ関係がいい間に潜水艦の技術とか、極超音速ミサイル技術とか、戦闘機がほしい。

 しかし出せるものは砲弾とミサイルですが、やればやるほど北朝鮮の軍事力の弱さが明らかになる。今、韓国とは完全に断交すると言って、「戦争して平定する」と言っていますが、本当に戦争をするなら砲弾を売るなどありえない。そして持っている砲弾が不発ということが明らかになった。

 北朝鮮が勝てるとすれば奇襲しかないのです。平和ムードを出して、まさか戦争はしないだろうと思っている時にやるしかしょうがない。「やる」と言っている時は、やる気がないということです。

 もっと言うと、ウクライナの戦争が始まって以降、北朝鮮は戦術核兵器に執着し始めています。一昨年の10月末、去年の3月の2回、戦術核兵器の訓練をしました。

 実際に射程の短い弾道ミサイル巡航ミサイルに模擬弾頭を付けて、戦場で実際に核を使う訓練をしました。これまで北朝鮮の核はアメリカまで届く戦略ミサイルでした。戦術核に執着し始めたのはウクライナ戦争からで、自分たちが非常に弱いということが分かったのです。

 米軍さえいなくなれば、奇襲をすれば勝てると思っていたのですが、1991年11月に、金正日委員長が軍の最高司令官になった。奇襲してソウルや南側のかなりの地域を占領して、米軍が介入すると言ったら、米軍の空母や軍艦を人間魚雷のようなもので撃沈させ、それでも介入すると言ったら、化学兵器やミサイルで、「東京を火の海にする」と言って脅す作戦計画を立てたのです。

 金日成がまだ生存中に立てた。これは黄長〓氏(ファン・ジャンヨプ)が亡命して話した。その時にまだ早いとした理由の一つが、アメリカまで届く核ミサイルができていなかったからです。

 アメリカまで届く核ミサイルを持てば、アメリカの中で反米運動が起きて、「なぜ韓国のために我々が犠牲になるのか」となる。韓国の中に反米グループを作って、反米運動を活発化させる。そしてアメリカまで届く核ミサイルを持つ。この二つが揃えばアメリカは介入しないと考えたのです。

 もちろん、在日米軍基地を攻撃する手段も持っている。それで勝てると思ったのです。今は米軍がいなくても負けるという状況です。ロシアの兵器が西側の兵器に比べて弱いというのが、ウクライナ戦争で証明された。その後、「戦術核」と言い出した。

 「もう韓国は同族ではない」と言っている一つの理由は、核を使うことです。韓国人は北朝鮮の核は民族の核だから、我々にだけは使わない、宿敵である日本に使う、という人が結構いました。

 でも、「同族ではない」と言っている。実際に戦術核訓練をやっています。そのくらい追い込まれているのです。核を使ったら金正恩政権はなくなるということが分かっている。

 通常兵力で韓国軍が北進してきたら使うぞ、と自分を守るための核に成り下がってきているのです。だから韓国に対抗するために原子力潜水艦を持ちたい、戦闘機も持ちたい、極超音速ミサイルも持ちたいとプーチン大統領と交渉しているんですが、それで手一杯ということもある。

◆4、5、6月が勝負の時

 岸田政権の9月というタイムリミットも頭に入っている。ならばプーチン訪朝は3月か4月ですが、それがだめになったのが分かるのは4月末でしょう。となれば5月、6月くらいに何か大きな動きがあるかもしれません。

 それがなければ水面下の交渉で条件が合わなかったということになるのか。向こうも親の世代の家族が亡くなれば、拉致被害者のカードは日本に効かず、日朝関係が最悪になることは分かっていると聞いていますので、岸田政権の任期、88歳と95歳という二人の方の寿命を考えると、やはり北朝鮮も焦っているのだと思います。

 大きく言って今年の前半が勝負ではないかと思います。3月まで来ていますから、4、5、6月ではないのかなと、交渉の実態を全然知らない中で、大きな流れを見て申し上げていることです。

 どちらにしても岸田政権が打った手が今成功して、水面下での交渉が始まっていると思いますが、最後の仕上げを間違えないようにしてほしいと思います。

 まず絶対やってほしくないことは、平壌に行くために制裁の一部を解除し、支援をするというようなカードは切ってほしくない。これは握手して、食い逃げされて終わりです。

 私たちが人道支援に反対しない、独自制裁解除に反対しないと言っているには条件があります。親の世代が生きている間に、全拉致被害者が帰ってくるなら反対しないということです。

 小泉訪朝の時は日本は何もしていません。それ以前に日本は何回か米支援をしましたが、その代価として、赤十字が行方不明者を調査すると言い、「誰もいませんでした」と言って終わりました。

◆全員の帰国でなければならない

 平壌に岸田首相が行けたとして、そこで準備されているものが、安倍首相が拒否をした、田中さん、金田さんという日本に家族がいない人が平壌で幸せに暮らしているという情報の提供だけで終わって、その情報提供の見返りが、これ以上拉致問題を追及しないということであるなら、そのまま帰ってきてほしい。

 ここで何回か話しましたが、「共同通信」がストックホルム合意の中で、北朝鮮が、「北朝鮮で田中さん、金田さんが生きている」という話をした。そのことを私は菅官房長官に報告したら、「それ以外の人の名前が入っていない報告書は受け取らない」と言って、受け取りを拒否した。

 それで、「田中さん、金田さんは事実上見殺しにされた」という趣旨の報道や国会での追及がされていたのです。そして安倍総理が亡くなった後には、当時の外務次官が実名で、「朝日新聞」のインタビューに答えて、「そういう情報が出ました」という発言までしました。

 私は安倍総理が総理を辞めた後、1対1で会った時に、安倍総理方から、「そのような話が出ました。しかし、それでこの問題を終わりにすることが条件だった。そんな条件を呑めるはずはないじゃないですか」と話されました。

 「終わりにする」ということは、死亡の証拠がない人を事実上「死亡」と認めたことになります。総理がそれを呑めなかったのは当たり前だと思います。

 北朝鮮が何か情報を出す時には、見返りを求めるわけです。その時に、目の前の支持率を上げるために、一人や二人の情報が出てきて、事実上終わりだけどそうは言えないから合同調査委員会を作るというような北朝鮮の謀略に乗ってもらっては困るということです。

 私の感触では、安倍総理が蹴ったものをもう一度北朝鮮が出してきて、それに岸田政権が乗ることはないのではないかと思います。でも日朝が水面下での交渉を始めた。北朝鮮がこちらを向き始めた。1つの山は越えたが、もう一つの山は、全員を取り戻すことです。

 北朝鮮は困っていて、何か日本からほしいものがある時だけ交渉する。今ほしいものがある。こちらが出せるのは人道支援と独自制裁の解除の2つです。それ以外のことは国連制裁がかかっていますから、出せない。

 そのことを十分分かっていながら北朝鮮が日本に接近してきた。しかし、日本のカードは「全員帰国」です。もちろん最後の細かいことは総理の判断ですが、そこは総理を信頼するしかないことです。

 食い逃げなどされないように。このカードは私たちが座り込みをしたり、自民党の先生たちが議員立法で法律を作って、そして第一次安倍政権以降、少しずつ積み上げてきたものです。

 第一次安倍政権の時は、追加制裁のためのプロジェクトチームを作って、何ができるか、様々なことを話し合った。その中に再入国許可は出さないというのもあって、それが入った。私はそのことをお願いした当事者の一人です。

 そういう積み上げがあってここまで来た。簡単には手放せないものです。岸田総理も、「全被害者を取り戻すために全力を尽くす」と言われましたので、それを信じたいと思います。

 一人や二人で終わらそうとしてもだめで、早紀江さんや有本のお父さんにもしものことがあった後、被害者が帰ってきても日本人は喜びませんよ。そういう点で時間的制約はあなたたちの方にあるんですよ。岸田総理が言っている「時間的制約」はそういうことだという声をより一層強める時ではないかなと思います。

以上