パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

東チベットのある町である旅行者が焼身に付いて聞いた話


焼身抗議が始まって 1年以上たち 35名の人々が尊い命を捧げてきた。
キリスト教では 自死は認められないものとして深くキリスト教徒は受け止め、焼身抗議を止めるため政治的な動きを行い中国政府に見える動きとなっている。日本はどうだろう 毎日100人近くの人々が電車に飛び込んだり薬をのんで 自らの苦しみから逃れるために自死を選んでいる。 焼身抗議を いまだに焼身自殺と伝える各マスコミ 社会が 人の命の重さに気ずいていないようである。  今から65年以上前 太平洋戦争末期 たくさんの若い人びとが 特攻と称して爆弾を抱いて、船や飛行機や戦車に突入していった。
彼らは自殺したわけではない 彼らの後ろにいる 彼らの肉親、日本人そのものの救出をねがった故での敵に対する行動であった。  戦後65年の教育が 反戦、平和という 掛け声とともに  すべての歴史の裏で日本を支えてきた人々を消してしまい、自虐を繰り返し、偽りの歴史に置き換えてきた、ことが 我々に 今「チベット人がなぜ自分のみを差し出すか?」 ということの理解のなさを生じさせている。

あえていう チベットが現在あるのは 我々との戦前の友好条約が彼らの身を不幸にさせているのだ。
条約がなく、ダライ・ラマ13世が 連合軍の ヒマラヤを越えた中国への物資、爆撃機の通過を許しておれば、戦後中国が チベットに侵入したさい、 他の連合国がそれを止める事ができたはずである。
誰も 中国の チベット侵攻に口を挟まなかった理由は 「戦中の連合国に対しての中立宣言」が 現実には敵対に値し、戦勝国側ではなく 負け側として扱われたのだ。
戦勝国で作るあげた 国連が聞く耳も持たないのも当然である。
チベットの悲劇も 我々の過去の 政治と関係あるとならば、 日本国民、日本政府、マスコミも もっと真摯に焼身抗議」が行われている チベット並びに 四川省青海省甘粛省でなにがおきているか
情報を得て 日本人として何ができるかを考えて欲しい。



チベットのある町である旅行者が焼身に付いて聞いた話
最近「根強い抵抗運動の続く東チベットのある町」に入ったある旅行者が、現地のチベット人焼身について会話した内容を伝えて下さった。貴重な証言と思われるので、以下、これを報告する。

質問:なぜ焼身
僧・俗「役人は『自由に意見を』と言うが、何か言えば逮捕されるだけだ。みんなでデモするか?全員撃たれて殺されるだけだ。パレスチナを見習うか?駄目。俺達には他人を傷つけてはいけないって教えがある。チベット人にできるのは自分に火をつけることぐらいだな」

質問:焼身に否定的な意見もあるが。
僧・俗「自分の苦しみから逃れるために自殺してるんじゃない。600万チベ人のためにやってるんだ」「外国人とは受けてきた教育、宗教意識が違うから理解しにくいんだろう。生きるとか死ぬとかは要するに花が咲いて枯れて、また咲くようなものなんだ」

質問:なぜ、カムやアムドで多いのか?
僧・俗「民族意識が強いからだ。俺達の意識はラサよりもずっとスゴイんだ」「別にこの数年の政策や衝突の話だけじゃなく、何十年も積もってきたんだ。チベ人はずっと圧力を受けてきて、08年に爆発して今も続いてる。俺達はチベ文化を守らなければいけない」

質問:焼身を肯定するなら、自分がやる可能性も?
俗人「自分が一番に考えているのは家族を守ること。だから自分は焼身できないだろう。でも焼身抗議者は600チベット人のことを考えて行動している。思想の偉大さが違うってことかな。だからこそ彼らは本当の英雄なんだ」

みたいな話をコソコソと。現地の人はたくましく生きてました。