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2013年02月19日(火)石 平
今年の1月30日、中国海軍の艦艇が海上自衛隊の護衛艦に対して射撃管制用のレーダーを照射した。この衝撃的な出来事が日本政府の発表によって知 られて以来、日本国内では、「それは中国指導部の指示によるものか、それとも軍による単独行動なのか」についての議論が盛んになっている模様だ。
しかしこのような議論をするよりも、われわれはむしろ、習近平政権が発足して以来の中国側の一連の動きを連続的に捉えて、一つの全体的流れの中で この「レーダー照射事件」の意味を考えるべきであろう。実はこのような視点から見てみると、この一件は決して単独・偶発の事件ではなく、むしろ起こるべく して起こった必然の出来事であることがよく分かる。
「民族の偉大なる復興」
去年11月に習近平政権が樹立して以来、国内的あるいは対外的に、政権は一体どのような動きを取ってきたのか。
まずは去年11月15日、習氏は総書記に就任した当日のお披露目会見で「就任演説」を行ったが、その中で彼の口から頻繁に出たキーワードの一つは 「民族の偉大なる復興」であった。そして11月29日には、習氏は6人の政治局常務委員らを伴って北京市の国家博物館を訪問して中国近現代史の展覧会を参 観したが、その中で彼はやはり「アヘン戦争から170年余りの奮闘は、中華民族の偉大な復興への明るい未来を示している」などと国民に語りかけた。その時 の約10分の演説で、習氏は「中華民族」や「(中華民族の)偉大な復興」という言葉を合わせて20回近く連呼した。
それ以来現在に至るまで、「民族の偉大なる復興」云々という言葉は完全に習総書記自身および政権の最大のキャッチフレーズとなってしまっている感 がある。この一点から見てみても、習近平政権は明らかにナショナリズムというものを全面的に打ち出し、政策理念の中核としていることがよく分かる。
尖閣上空の領空侵犯
そして去年の12月に入ると、習近平氏にはよりいっそう注目すべき動きがあった。12月8日と10日の2日にわたって、中央軍事委員会主席の彼は 広東省にある「広州戦区」所属の陸軍部隊と海軍艦隊を視察した。その中で習氏は陸軍と海軍の両方に対して「軍事闘争の準備を進めよう」と指示したのと同時 に、「中華民族復興の夢はすなわち強国の夢であり、すなわち強軍の夢である」と熱っぽく語り、彼自身が旗印にしている「民族復興」というスローガンの真意 はすなわち「強国強兵」であることを宣した。
中国の新華通信社が習氏のこの軍視察を大きく取り上げて報道したのは12月12日のことだったが、その翌日の12月13日、日中間で未曾有の緊急 事態が生じた。尖閣諸島の魚釣島付近で中国国家海洋局所属のプロペラ機1機が領空侵犯したのである。中国機による日本の領空侵犯は自衛隊が統計を取り始め た1958年以来初めてである。
習政権が樹立してからひと月余、尖閣諸島やその付近の海域で日本側はいかなる単独行動も取っていないにもかかわらず、中国側は一方的な挑発行為を執拗に繰り返してきた。その中で習政権はとうとう、日本領空への初めての侵犯に踏み切った。
よりいっそう強硬姿勢を強めるであろう習政権
上述に取り上げた一連の動きを連結的に捉えてみると、習近平政権の政策理念とその目指す方向性は火を見るより明らかであろう。
要するに習政権は今後、かつてはアジアに君臨した中華帝国の復権を意味する「民族の復興」という旗印を掲げて、それを達成するための手段として「強国強兵」を進めていこうとしているのだ。中国におけるウルトラ・ナショナリズムの色彩の強い「超タカ派政権」の誕生である。
もちろん、このような覇権主義的政治路線の推進とセットで、習政権は今後、よりいっそうの対外的強硬姿勢を強めていくのと同時に、いわゆる「尖閣問題」で争っている日本に対しては正真正銘の敵視政策に傾いていくだろう。
こうして見ると、習氏による軍の初視察が大きく報じられたその翌日に中国機が日本の領空侵犯に踏み切ったことは、決してどこかの部門の「単独行 動」や「暴走」の類のものではなく、むしろ習近平指導部の指揮下で行われた意図的な対日行為であり、その背景にあるのはまさに、タカ派の習政権の掲げた帝 国主義的政治路線と日本敵視政策そのものなのである。
このような流れの中で起きたのがすなわち、今年1月10日の、多数の中国軍機による日本の防空識別圏侵入の衝撃的事件である。その日の昼ごろ、沖 縄・尖閣諸島北方の東シナ海で、中国軍の戦闘機数機は日本の領空の外側に設けられた防空識別圏に侵入してきた。あからさまな軍事的威嚇行為である。前回の 領空侵犯は普通の非軍用機だったが、今回は中国空軍の出動となった。日本に対する習近平政権の敵視姿勢と軍事的圧力がよりいっそうエスカレートしている。
その数日後の14日、中国人民解放軍の機関誌である「解放軍報」はその一面において、人民解放軍を指揮する総参謀部が全軍に対し、2013年の任 務について「戦争の準備をせよ」との指示を出していたことを報じた。ここまでくると、発足して間もない習近平政権は完全にタカ派の軍国主義政権となってい ることがよく分かる。
そしてその前後にして、国営中央テレビ(CCTV)などの官製メディアは連日のように日本との戦争を想定した特集番組を放送して軍事的緊張感をあ おり、一部の現役の軍人たちも盛んに「対日開戦」という超過激な言葉を口にしてやる気満々の好戦姿勢を示した。その時の中国国内は、まさに「対日開戦直 前」のような異様な雰囲気が盛り上がっていた。
「暴走」の真犯人は……
本稿の冒頭から取り上げている件の「レーダー照射事件」はまさにこのような一連の流れと中国国内の異様な雰囲気のなかで起きたものである。まず1 月19日、中国国内で対日開戦のムードが盛り上がっている最中において、中国軍の艦艇が海上自衛隊のヘリコプターにレーダー照射を行った。そして1月30 日、今度は海自の護衛艦に対して照射が行われたのは周知の通りである。
こうして見ると、今年1月に入ってからは、まず中国軍機による日本の防空識別圏侵入があり、そして中国軍の総参謀部による「戦争準備」の指示があ り、一部の現役軍人による「対日開戦論」の吹聴もあった。この一連の流れの中でレーダー照射事件が起きたのだから、それはどう考えても、党指導部の知らな いところで行われたような、一部の軍人による単独行為でもなければ軍の暴走であるわけもない。軍の総参謀部も「開戦論」の現役軍人たちもレーダー照射を 行った現場の中国軍艦艇も全部、習近平氏本人を頂点とする党中央軍事委員会の指揮下で行動していると見てよい。「暴走」しているのは軍ではなく、まさに習 近平氏その人なのである。
そして習近平政権はどうして、このような対外的「暴走」に走り出したのか、という問題となると、その答えはすでに、本コラムで去年12月18日に掲載した、「習近平政権発足後も多発する暴動、2億人の現代流民と本格的な尖閣危機の到来」にあるのでぜひご覧いただきたい。