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中国著名人権弁護士 「ジェノサイドに沈黙するのは罪だ」



 
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大紀元時報香港支社の記者取材を受けた中国著名人権弁護士・滕彪氏 (大紀元)

中国著名人権弁護士 「ジェノサイドに沈黙するのは罪だ」

大紀元日本7月17日】中国政府による法輪功への弾圧開始から15年目となる7月20日を前に、大紀元時報香港支社の記者が、香港中文大学の訪問学者で、中国で著名な人権弁護士・滕彪氏を取材し、法輪功問題への見解を尋ねた。

 2003年に中国当局の「年度十大法治人物」に選ばれた滕氏は一躍有名になった。2005年、同氏は著名な人権弁護士・高智晟氏(国家政権顛覆煽動罪で 服役中)らとともに、盲目の人権活動家・陳光誠氏(2012年5月オバマ政権の支援より米国に出国)らへの人権弾圧案件の弁護を引き受けた。以来、滕氏は 人権問題に積極的に取り組んできた。

 2007年、滕氏ら6人の弁護士は河北省石家荘市在住の法輪功学習者一家の代理人となった。これは、中国の弁護士が政府の圧力を顧みず法輪功に法的援助 の手をさしのべた初の案件である。それにより、米国の人権団体「対華援助協会」は2012年、同氏に「信仰の自由と法治を守る勇気賞」を授与した。

 滕氏は今回の取材に「この案件の重大な意義は、法廷で法律に基づいて法輪功の無実を立証できたことだ」と語った。

 同氏自身はこの案件の代理人になったことで強い圧力を受けたという。その証言によれば、閉廷後に警官隊から殴る蹴るの暴行を受けたほか、1年後、弁護士資格を取り上げられた。ほかの弁護士に対する当局の嫌がらせや脅迫もあったという。

 今回の取材で、滕氏は学習者を支援するきっかけなどを明らかにした。

 15年前の1999年7月20日、当時の最高指導者江沢民から法輪功への弾圧命令を受け、法輪功に罪を着せるプロパガンダ共産党の宣伝機関を通じて全国規模で行われた。名門北京大学も例外ではなかった。

 当時、同大学の法学博士課程で学んでいた滕氏は他の博士や学生同様、「法輪功に対する認識」を文書にまとめることや、法輪功批判のシンポジウムに参加することを義務付けられた。

 共産党のこのやり方に強い反感を覚えた同氏はシンポジウムで自分の意見を率直に述べたという。「法律に基づいて処理しなければならない。このような弾圧 は法律に反している」。その言葉に会場が静まり返ったという。「私が多くの人の本音を代弁したからだ」と同氏は当時を振り返った。

 その後、滕氏は法的支援を求めてくる法輪功学習者と接する中、徐々に弾圧の実態を知ることになったという。

 「学習者たちは法輪功の公式サイトからの資料のダウンロードや無実を訴えるチラシを市民に配っただけで、労働教養所や刑務所に収容され、残虐な拷問を受 けている。多くの人が獄中で亡くなった。もちろん法輪功のために弁護するのは大きなリスクを伴う。このことについて覚悟は出来ている。人権弁護士として、 知識人として、沈黙してはならないからだ」と同氏は心情を明かした。

 そしてこうも語った。「法輪功問題は中国社会で最も敏感な話題である。凶悪政権に対して『ノー』を言えないのは、悲劇が続く根本的な原因である。法輪功 の悲運は必ず歴史に正しく評価されるはず。弾圧を発動、実行してきた組織や個人は必ず司法の裁きを受ける。最も悲しいのは、知識人を含め多くの国民が沈黙 していること。中には弾圧に加担する人もいる。これは人間として恥だ。過去に起きた大虐殺のときと同様、見てみぬふりをする国内外のメディアや影響力のあ る人物たちはみな罪がある」

 滕氏は、世界各地の法輪功学習者が15年間続けてきた平和的な抗争を次のように評価した。「国際社会において、悲惨な弾圧の実態を知る人は増えており、迫害はいつまでも続くはずがない。真の信仰が迫害によって消えることは絶対にありえないからだ」

 法輪功(ファルンゴン)とは、中国伝統文化の一つである気功の心身健康法。約20年前から無料で一般に公開普及されてきた。心身の健康に効果が高いの で、一般庶民から政府高官や軍の関係者まで、中国社会の各層で学習する人が爆発的に増え、弾圧直前には、愛好者は約1億人と推定された。当時の江沢民総書 記は政権への脅威と受け止め、他の最高指導部メンバーの反対を押し切り、1999年7月に弾圧を命じた。法輪功の公式サイト「明慧ネット」は、15年にも 及ぶ弾圧により3769 人以上が拷問などで死亡、数十万人が投獄されていると発表している。

 弾圧の実態を説明するため、記者はその公式サイトに公開された一部の拷問被害者の写真を収集した。


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河北省在住の学習者趙燁さん。2011年2月25日に労働教養所に収容され、2012年3月釈放されたが、同年12月15日に死去。享年40歳 (明慧ネット)

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内モンゴル在住の学習者王霞さん。2002年8月に7年の懲役刑に処され、フフホト市女子監獄に収容された。釈放された後、2012年6月15日に亡くなった。享年38歳 (明慧ネット)

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黒龍江省双鴨山市在住の同市電信局の元副局長・潘興福さん。「省電信業界の英才」と選ばれた彼は、2003年5月に牡丹江監獄に収監され、釈放後の2005年1月31日に亡くなった。享年31歳 (明慧ネット) 

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黒龍江省ハルピン市在住の同市管理学院の教授・周景森さん。2002年に同市長林子労働教養所に収容され、2003年8月21日に釈放されたが、同年9月2日に死去。享年68歳 (明慧ネット)

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黒龍江省佳木斯市在住の鉄道会社の幹部・馬学俊さん。1999年に12年の懲役刑に処され、2003年12月26日に釈放された。これは釈放当時の写真。生死は不明 (明慧ネット)