【書評】拓殖大総長・渡辺利夫が読む『チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史』楊海英著
http://www.sankei.com/images/news/141130/lif1411300021-n1.jpg中国という巨大国家の闇を覗(のぞ)くには、実に多角的なアングルが必要である。この国家の特徴的な一面はその残虐性であり、それを知るには、何よりも帝国の支配下におかれたモンゴル、チベット、ウイグルなど少数民族の血を吐くような声に耳を傾ける必要がある。『墓標なき草原』以来、この著者が書き綴(つづ)ったいくつもの著作を私は読んできた。
モンゴルの民族主義的な戦闘集団の先陣は、日本陸軍が満洲国で創立した興安軍官学校の卒業生たち、日本刀を自在に操る勇猛果敢なモンゴルの「サムライ」である。その秀才の一人で日本陸軍士官学校に留学、三笠宮殿下とも親交のあったドグルジャブを主人公に、その苛烈な人生を追いながら物語の全編が紡がれる。
民族自決権を付与するとの共産党の甘言に乗せられ、中国人民解放軍内モンゴル軍区の騎兵として同じ少数民族であるチベット族への侵攻の先兵に仕立てられ、中国による凄惨なチベット支配に加担させられてしまったことへの、今に生き存(ながら)える元騎兵隊兵士の慙愧(ざんき)の思いを本書は切々と伝える。結局は、モンゴルもチベットもウイグルも、刃(やいば)を抜き取られて民族自決は遥(はる)かなるものとなってしまった。
本書の最後で著者は「本書を書いている間、私はずっと一種の昂揚(こうよう)感に包まれていた。興奮状態だった」と記す。そうにちがいない。モンゴル騎兵の精神を探る旅に出て気づかされた、自決を求めてなお衰えることのないモンゴル人の熱い魂を描写しようというのだから。著者の昂揚感は私にも深々と伝わる。(文芸春秋・1850円+税)
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