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南シナ海問題、裁定を「紙くず」と切り捨てる中国 「アメリカ黒幕説」を展開する理由



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南シナ海問題、裁定を「紙くず」と切り捨てる中国
アメリカ黒幕説」を展開する理由

2016年07月14日(木)石 平 (中国問題・日中問題評論家)

 今月12日、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、南シナ海における中国の主張や行動は国連海洋法条約違反だとしてフィリピンが求めた仲裁手続きについての裁定を公表した。それは、中国が南シナ海の広い範囲に独自に設定した「九段線」に「法的根拠はない」と明確に認定した画期的な裁定であった。

 この裁定内容は、南シナ海の主権に関する中国政府の主張をほぼ全面的に退けたものだ。いわゆる九段線の「歴史的権利」が完全に否定されることによって、南シナ海全体への中国支配の正当性の根拠が根底からひっくり返されたのである。中国が南シナ海でやってきたこと、これからやっていくであろうことのほとんど全ては、国際法の視点からすれば、まさに「無法行為」と見なされたのである。

http://wedge.ismedia.jp/mwimgs/4/0/420/img_40a235259272c82876475f8d0d44ff2e90408.jpgフィリピンの新政権は中国にどのような姿勢で臨むのか(iStock)

どのように窮地から脱するつもりなのか

 裁定の内容は事前に察知していたものの、中国政府の受けた衝撃はやはり大きかったようだ。裁定が公表された7月12日午後5時過ぎ(北京現地時間)直後から、中国外務省は裁定に猛反発する政府声明を発表し、外務大臣王毅氏も口調の厳しい談話を発表した。その1時間後、国営新華通信社は裁定を「単なる紙くず」と罵倒するような強烈な論評を配信した。

 翌日、人民日報は一面で本件に関する政府の2つの声明を並べたのと同時に、三面全体を使い、九つの論評・記事を掲載して批判と罵倒の集中砲火を浴びせた。

 一連の批判の中で、中国政府や国営メデイアは裁定を口々に「茶番」や「紙くず」だと切り捨てている。しかし裁定が単なる「茶番」や「紙くず」なら、中国政府と国営メディアはそこまで猛烈な反撃に出る必要はないだろう。中国側がそれほど神経質になって総掛かりの反撃キャンペーンを展開していること自体、裁定の結果が中国政府にとっての深刻なボディブローとなって効いていることの証拠である。

 中国政府は当初から、裁定の結果を一切拒否する方針であった。しかしここまでくると、騒げば騒ぐほどいわば「無法国家」としてのイメージを国際社会に定着させていくだけで、中国の国際社会からの孤立はますます進むだろう。そして今まで、南シナ海における中国の行動を厳しく批判しそれを阻止しようとしてきた米国や日本及び周辺関係諸国は、今後一層中国の無法的な行動を封じ込めようとするだろう。未曾有の窮地に立たされたのはどう考えても、中国の習近平政権である。

「日米陰謀論」? その根拠は…

 習政権は今後、一体どのようにして窮地から脱出して体制を立て直そうとするのだろうか。実は、裁定公表の直前から現在に至るまで、中国政府と配下の国営メディアが放った一連の反撃の言説から、彼らの考える対応策の概要を垣間みることができる。
 裁定に対する中国側の批判や反発の言説の特徴の一つが、裁定を米国が主導して日本が加担した、「外部勢力の陰謀」だと決めつけている点である。

 たとえば7月8日、人民日報の掲載論評は来るべき裁定について、「仲裁裁判所の裁定は提訴から裁定までのプロセスのすべてが、アメリカがアジア太平洋地域における自らの主導的地位を維持するために設けた一つの“罠”だ」と論じて、アメリカこそが裁定の「黒幕」であるとの珍説を展開した。

 7月11日、裁定公表の前日、人民日報は再び裁定に関する論評を掲載したが、その論評も明確に、フィリピン政府による提訴の背後にアメリカの「アジア回帰戦略」があったとの見方を示し、「アメリカ黒幕説」をより具体的に展開した。
 同じく11日、国営通信社の中国新聞社も裁定に関する記事を配信したが、最後の部分で専門家の話を引用する形で、「南シナ海に関する今回の裁定は、アメリカの政治的操作の結果である」と結論づけた。

 同日、もう一つの国営通信社である新華通信社も裁定に関する長文の「検証記事」を配信したが、冒頭から、「今回の裁定は、アメリカがその背後で操り、フィリピンがその主役を演じてみせ、日本が脇役として共演した反中茶番である」との見解を示した。「アメリカ黒幕説」をさらに肉付けたものであると同時に、日本までを「陰謀」の加担者として引きずり出したのだ。

 こうして中国側は「アメリカ黒幕説」の一つの形を整えたつもりかもしれないが、その根拠はあまりにも脆弱である。
 「アメリカ黒幕説」の唯一の根拠は、柳井俊二氏という一人の日本人の存在である。

 人民日報や新華通信社の主張によると、元駐米大使である日本外交官の柳井俊二氏は、国際海洋裁判所裁判所長の在任中、オランダ・ハーグの仲裁裁判所の仲裁裁判官の5人中4人を任命したという。だからこそ、中国に不利な裁定が出たわけである、というのだ。中国側はまさにこの一点を以って、南シナ海裁定は「アメリカ主導、日本加担の茶番」だと認定した。

 正気な人ならば、この程度の根拠による「黒幕説」はこじつけにもならない荒唐無稽なものであると一目で分かるだろう。反論にも値しないような出鱈目というしかない。
 しかし中華人民共和国政府は堂々と、まさにこの根拠にもならない「根拠」を以って、アメリカという国を裁定の「黒幕」だと断定し、日本までを「加担者」に仕立ててしまった。中国はそこまでして、一体何を企んでいるのだろうか。

「法への抵抗」から「正義の戦い」へ?

 中国政府はそこまで無理をしてでも、アメリカを「黒幕」に仕立てようとしたのには、二つの狙いがあろう。

 一つはすなわち、裁判所の裁定それ自体の正当性を根底からひっくり返すことにある。つまり、裁判所を操っているのは自らの覇権を守ろうとするアメリカであり、そして今回の裁定は単なるアメリカの私利私欲から発した謀略の結果であれば、もはや何の公正性も正当性もない。したがって中国政府は当然、それを完全に無視し、拒否することができるのである。

 もう一つの狙いは、アメリカを「黒幕」だと決めつけることによって、今回の裁定の一件を、「中国vs仲裁裁判所」の構図から、「中国vs強権国家・アメリカ」という戦いの構図へとすり替えることであろう。中国は最初から仲裁裁判所の裁定を一切拒否する構えであった。しかしそれは、仲裁裁判所に対する中国政府の抵抗だと国際的に認識されていれば、中国の分は悪い。国際社会から「裁判の結果に抵抗する無法者」のように認定されてしまう。

 しかしそうではなく、仲裁所は単なる操り人形であって、アメリカという国こそがその「黒幕」であるなら、中国の裁定拒否はもはや「法への抵抗」ではなく、アメリカの強権に対する中国の「正義の戦い」となるのである。

 まさにこの二つの理由を以って中国は、宣伝機関の総力を挙げてアメリカを「黒幕」に仕立てようとしていた。それがもし成功していれば、中国は国際法のルールに公然と反抗するような無法国家として見なされるのではなく、むしろアメリカの陰謀に敢然と立ち向かう「勇士」として評価されるのかもしれない。そして、中国政府が今回の窮地からやすやすと脱出できるのではないかと習政権が計算しているのであろう。

アメリカと関係を深める各国

 しかし、この虫の良すぎる計算が思惑通りになるかどうかは実に微妙だ。柳井俊二氏の存在と働きだけを根拠にしてアメリカを「黒幕」に仕立てるのはあまりにもいいかげんであり、国際社会を信頼させることは到底無理であろう。政府の情報遮断と洗脳にさらされている中国国内の一般市民以外、誰もそんな出鱈目を信じはしない。中国政府の宣伝は結局、自国民を欺く以外にほとんど効果がないだろう。

 そして、アメリカを「黒幕」に仕立てた以上、習近平政権は今後、より一層厳しい姿勢でアメリカと対峙していかなければならない。それは、アジア太平洋地域における中国自身の孤立に拍車をかけることとなろう。

 現在のアジアでは、日本が米国との同盟関係を強化しているだけでなく、一時「親中」と言われた韓国も、中国からの反対を押し切ってアメリカから最新型迎撃ミサイルの導入に踏み切った。「中国一辺倒」の偏った外交から脱出して親米へと再び戻ったと言えるだろう。東南アジアでは、同じく南シナ海の領有権問題で中国と対立しているベトナムも最近、アメリカからの武器禁輸全面解除などの「特別待遇」を受けて、関係緊密化を急いでいる。

 このような状況の中で、中国がアメリカと全面対決の姿勢を明確にすればするほど、中国から離れたり距離を置いたりする国はさらに増えてくるであろう。
 つまり、窮地から脱出するためにアメリカを「黒幕」に仕立てる習政権の策は逆に、中国にとってますます窮地を作り出しかねない。結局自らの首を絞めることとなるだけである。

フィリピンとの直接対話に賭ける中国

 そうすると、中国にとっての最後の「起死回生策」は結局、裁定のもう一方の当事者であるフィリピンと直接対話による解決を図ることである。
 習政権にとって幸いなことに、南シナ海裁定が出る前から、フィリピンで政権交替があり、中国に強硬姿勢のアキノ政権から今のドゥテルテ政権に変わった。そしてドゥテルテ新大統領は度々、中国と対抗ではなく対話の道を選ぶとの発言をしている。

 したがって中国政府としては今後、極力フィリピン新政権との対話の糸口を見出して、両国間の直接対話に活路を見出そうとするであろう。当事者同士が直接の話し合いによって問題解決の道を探す、という姿勢を示すことによって、裁判所の裁定を無力化してしまい、アメリカや日本からの「干渉」を跳ね返すこともできるからである。

 だからこそ、今回の裁定に対する一連の批判・反発においては、中国政府と国営メデイアは、裁定の出発点となったフィリピンの提訴に対し、「悪いのはフィリピンの前政権」ということをことさらに強調し、新大統領への批判を一切避けている。そして、裁定が公表された直後の王毅外相の談話では、フィリピン新政権の姿勢に「留意した」とし、フィリピン政府との直接対話に意欲を示しているのである。

 もちろん、フィリピンとの直接対話が上手くいくかどうかは未知数だ。新政権は、南シナ海問題で中国と対話することによって経済援助やインフラ投資などの経済的利益を中国から引き出す魂胆であろうが、それでも、そのためにフィリピンが南シナ海の主権問題を中国に譲歩するようなことはまず考えにくい。主権問題を棚上げにしての対話がどこまで成果を挙げられるのかは分からない。

 しかも、裁定が中国の主張を全面的に退けたことで、今、中国との対話において優位に立つのはフィリピンであり、主導権を握っているのはドゥテルテ大統領であると言っても過言ではない。フィリピンとの対話が中国政府の思惑通りに進む保証はどこにもないのである。

 結局、裁定に従う形で南シナ海での膨張主義政策を放棄するのが中国にとっての本当の「起死回生策」となるはずだが、それがどうしてもできないのは、 中華帝国の伝統を受け継いだ習近平 政権の救い難い「難病」である。南シナ海の秩序と平和を守るための国際社会の戦いは、今後も続くのであろう。