「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成28年(2016) 8月15日(月曜日)弐
通算第4995号
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中国、ブータンと国交樹立を急ぎだした
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北京を訪問中のダモチョ・ドムジ(ブータン外相)と面談した李源潮・国家副主席は、「国境問題は、話し合いによる解決を急ぎ、外交関係の樹立を話し合った」とした。インドのメディアが大きく伝えた。
この問題の行く末を懸念するのはインドだからである。
中国はロシア、キルギス、パキスタンなどとは国境問題を片付け、外交上のネックを取り除いたが、インド、そしてブータンとは揉めに揉めている。その上に南シナ海の岩礁に軍事基地を作ったため、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアと領海問題で揉めている。
ブータンは実質的にインドの「保護領」的存在であり、ブータン国民はネパール系。チベットとの国境問題では、中国の一方的侵略があって、二国間関係はぎくしゃくしている。アジアでは珍しく北京とは外交関係がない。
中国人は勝手気ままにブータンに這入り込み、冬虫夏草を盗み出す。
プータンは山国、農作物はすくなく、しかも料理には赤唐辛子を大量に使う。筆者も行ってみて驚いたが、近代的なビルはまるで建っておらず、ホテルも山小屋程度のレベル、物質的にも鎖国している。
唯一の外貨稼ぎは観光だが、インフラが整備されていないため(ハイウェイもとぎれとぎれ、受け入れるホテル設備そのほかが決定的に不足している)、まだまた訪れる人は少なく、筆者が訪れたときも、日本人が十数人くらいで、中国人とは会わなかった。一眼レフを抱える中国人はすぐに分かる。
2012年、当時の中国首相だった温家宝が国連の場でブータン外相に、「そろそろ国境問題を片付け国交樹立を急ごう」と突然持ちかけ、以後も執拗に迫ったが、五年間、ブータンは相手にしなかった。中国のハラは、インドとの牽制材料として駆使するためで、こうした見え透いた政治的打算を、ブータンのように物質的豊かさを求めず、「幸福度」を人生の尺度としているような国は極度に嫌うのだ。
第一にインドに率直に打診し、綿密な事前協議の必要があり、第二に国内的には反中感情が強烈なためである。
ブータンの西側をマオイストが侵略攻撃したおり、インド軍の助力を得て武装集団を退治した経験からも、中国をまったく信用していない。
だが中国側から国境問題の解決を急ぎ始めたからには、背後にもっと何か隠された動機があるはずである。
▼杭州でのG20に南シナ海問題を持ち出すなと中国は各国に働きかけ
9月3日からのG20は杭州で開催される。
オバマ、プーチン、安部、オランド、メイ、モディ、そのほか世界の指導者が顔を揃える。習近平は、この晴れ舞台で南シナ海問題を持ち出されたり共同声明に盛り込まれたりすることを極度に警戒し、「すでに世界の40-50の国々が中国の立場を理解した」などと触れ回り、ハーグの仲裁判決は「紙くず」というキャンペーンを張ってきた。
しかしハーグ判決を支持したのは日米英にEU諸国、つまり西側はこぞって領土の現状変更を認めず、法の支配と世界秩序の安定を希求した。
中国を支援したのはロシアのほかは、アフリカ諸国である。アフリカ諸国にとっては南シナ海問題なぞ他人事、それより中国の援助が欲しいというわけだ。
だが、なぜかインドが態度を表明しない。中国のメディアは一方的に「インドは中国側に立ち、ハーグの仲裁判決には反対している」などと勝手な報道をしている。
インドは10月15日からゴアでBRICSのホスト国となり、プーチン、習近平、ブラジル新大統領、そして南ア大統領を迎える。ゴアはインド南西部、フランシスコ・ザビエルが布教の拠点とした場所で、いまも彼のミイラは教会の飾られている(筆者も見たことがある)。
▼インドはなぜ南シナ海問題で判決を支持しないのか?
インドの日和見には理由があった。
インドの繊維製品が中国の報復関税によって輸出が激減している。この貿易上の障害によって、南シナ海問題はインドの外交的優先課題ではないからである。
「インドの対中輸出は過去一年間に16・7%も落ち込んだ」(『ザ・タイム・オブ・インディア』、8月14日)。
更にパキスタン、中国とインドは国境紛争を抱えたままであり、中国軍の度重なる侵略行為に激怒し続けているが、この領土問題が目の前にあって、他国の領土紛争にまで口を挟みたくないという心境なのだろう。
中国はこの点を巧みに衝いて「不必要な摩擦を避けるため」などとインドを言葉巧みに誘い込む。
王毅外相は2016年8月12日から三日間の日程でインドを訪問した。
最初にゴアに立ち寄り、ついでニューデリーへ向かって、インドのスワラジ外相、モディ首相と会談した。
「すくなくとも杭州サミットで、インドが西側の南シナ海決議提言に同調しないように」と王毅は圧力をかけたと推測されている。
だがインドは一方において、米国との関係を深め、とくに安全保障では米海軍と潜水艦、対戦哨戒訓練を合同演習しており、インドのモノハル・パリカール国防大臣は「中国との国境紛争は片付いておらず、毎年平均400回以上の国境侵犯を受けている。インドと中国の国境の認識がまったく異なっている」として言葉を強め、国境警備の強化方針を確認している。
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(休刊のお知らせ)小誌は8月17日―19日が休刊となります
平成28年(2016) 8月15日(月曜日)弐
通算第4995号
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中国、ブータンと国交樹立を急ぎだした
アジアで中国を承認していない王国が外交路線を転換の危険
**********************北京を訪問中のダモチョ・ドムジ(ブータン外相)と面談した李源潮・国家副主席は、「国境問題は、話し合いによる解決を急ぎ、外交関係の樹立を話し合った」とした。インドのメディアが大きく伝えた。
この問題の行く末を懸念するのはインドだからである。
中国はロシア、キルギス、パキスタンなどとは国境問題を片付け、外交上のネックを取り除いたが、インド、そしてブータンとは揉めに揉めている。その上に南シナ海の岩礁に軍事基地を作ったため、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアと領海問題で揉めている。
ブータンは実質的にインドの「保護領」的存在であり、ブータン国民はネパール系。チベットとの国境問題では、中国の一方的侵略があって、二国間関係はぎくしゃくしている。アジアでは珍しく北京とは外交関係がない。
中国人は勝手気ままにブータンに這入り込み、冬虫夏草を盗み出す。
プータンは山国、農作物はすくなく、しかも料理には赤唐辛子を大量に使う。筆者も行ってみて驚いたが、近代的なビルはまるで建っておらず、ホテルも山小屋程度のレベル、物質的にも鎖国している。
唯一の外貨稼ぎは観光だが、インフラが整備されていないため(ハイウェイもとぎれとぎれ、受け入れるホテル設備そのほかが決定的に不足している)、まだまた訪れる人は少なく、筆者が訪れたときも、日本人が十数人くらいで、中国人とは会わなかった。一眼レフを抱える中国人はすぐに分かる。
2012年、当時の中国首相だった温家宝が国連の場でブータン外相に、「そろそろ国境問題を片付け国交樹立を急ごう」と突然持ちかけ、以後も執拗に迫ったが、五年間、ブータンは相手にしなかった。中国のハラは、インドとの牽制材料として駆使するためで、こうした見え透いた政治的打算を、ブータンのように物質的豊かさを求めず、「幸福度」を人生の尺度としているような国は極度に嫌うのだ。
第一にインドに率直に打診し、綿密な事前協議の必要があり、第二に国内的には反中感情が強烈なためである。
ブータンの西側をマオイストが侵略攻撃したおり、インド軍の助力を得て武装集団を退治した経験からも、中国をまったく信用していない。
だが中国側から国境問題の解決を急ぎ始めたからには、背後にもっと何か隠された動機があるはずである。
▼杭州でのG20に南シナ海問題を持ち出すなと中国は各国に働きかけ
9月3日からのG20は杭州で開催される。
オバマ、プーチン、安部、オランド、メイ、モディ、そのほか世界の指導者が顔を揃える。習近平は、この晴れ舞台で南シナ海問題を持ち出されたり共同声明に盛り込まれたりすることを極度に警戒し、「すでに世界の40-50の国々が中国の立場を理解した」などと触れ回り、ハーグの仲裁判決は「紙くず」というキャンペーンを張ってきた。
しかしハーグ判決を支持したのは日米英にEU諸国、つまり西側はこぞって領土の現状変更を認めず、法の支配と世界秩序の安定を希求した。
中国を支援したのはロシアのほかは、アフリカ諸国である。アフリカ諸国にとっては南シナ海問題なぞ他人事、それより中国の援助が欲しいというわけだ。
だが、なぜかインドが態度を表明しない。中国のメディアは一方的に「インドは中国側に立ち、ハーグの仲裁判決には反対している」などと勝手な報道をしている。
インドは10月15日からゴアでBRICSのホスト国となり、プーチン、習近平、ブラジル新大統領、そして南ア大統領を迎える。ゴアはインド南西部、フランシスコ・ザビエルが布教の拠点とした場所で、いまも彼のミイラは教会の飾られている(筆者も見たことがある)。
▼インドはなぜ南シナ海問題で判決を支持しないのか?
インドの日和見には理由があった。
インドの繊維製品が中国の報復関税によって輸出が激減している。この貿易上の障害によって、南シナ海問題はインドの外交的優先課題ではないからである。
「インドの対中輸出は過去一年間に16・7%も落ち込んだ」(『ザ・タイム・オブ・インディア』、8月14日)。
更にパキスタン、中国とインドは国境紛争を抱えたままであり、中国軍の度重なる侵略行為に激怒し続けているが、この領土問題が目の前にあって、他国の領土紛争にまで口を挟みたくないという心境なのだろう。
中国はこの点を巧みに衝いて「不必要な摩擦を避けるため」などとインドを言葉巧みに誘い込む。
王毅外相は2016年8月12日から三日間の日程でインドを訪問した。
最初にゴアに立ち寄り、ついでニューデリーへ向かって、インドのスワラジ外相、モディ首相と会談した。
「すくなくとも杭州サミットで、インドが西側の南シナ海決議提言に同調しないように」と王毅は圧力をかけたと推測されている。
だがインドは一方において、米国との関係を深め、とくに安全保障では米海軍と潜水艦、対戦哨戒訓練を合同演習しており、インドのモノハル・パリカール国防大臣は「中国との国境紛争は片付いておらず、毎年平均400回以上の国境侵犯を受けている。インドと中国の国境の認識がまったく異なっている」として言葉を強め、国境警備の強化方針を確認している。
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