香港デモは「最後の戦い」、2014年雨傘革命との違い
2019年6月13日
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香港の騒乱が続いている。
1997年の返還以来、香港では何度か大規模なデモが起きている。特に記憶に新しいのは2014年に起きた「雨傘革命」と呼ばれる学生蜂起だろう。「またか」と思う向きもあるかもしれない。だが、今回のデモの性質は雨傘革命のそれと大きく異なる。
雨傘革命は傍観していたが、今回のデモには参加した香港人男性は言う。「初めて政治デモに参加した。これが最後かもしれない」。
夢見て裏切られた雨傘革命
雨傘革命のデモ隊が求めていたものは「普通選挙の実施」だった。
返還後、香港政府のトップである香港行政長官は1200人の選挙委員だけが投票権を持つ選挙で選定される仕組みを取っていた。いわゆる「間接選挙」の体だが、選挙委員の選定は恣意的で、いわゆる親中派が8割以上を占める。民意が反映される選挙からは程遠い。
1度目は2007年。当時の行政長官(董建華氏)の辞任を求めるデモが激化する中で、民主派は普通選挙の実施を求めたが、中国当局は全人代で「2007年以降に変えるというのは、2007年に変えるという意味ではない」とする基本法の解釈を発表して時を稼いだ。
2度目が2014年、つまり雨傘革命の年だ。「今度こそ」と期待が高まる中、8月に中国政府は新選挙制度を発表した。1人1票の投票権を市民に与える。ただし、政府が認定した「指名委員」の過半の支持を受けた者のみが候補者になれる、というものだった。中国政府の意に沿った候補者以外が立つことはなく、有権者にはほぼ選択権がない。つまり「形式だけの普通選挙」だったのだ。これに怒った学生が立ち上がり、大規模なデモに発展した。
デモは徐々に力を失い、失敗に終わる(関連記事:不夜城の陥落、力を失いつつある香港デモ)。「形式だけの普通選挙」すら撤回され、1200人の委員による間接選挙が継続されることになった。いまの行政長官である林鄭月娥氏は1200人から選ばれたトップだ。
香港は、返還時の取り決めによって高度な自治が認められていると言われる。だが、政府の代表が民意によって選ばれたことは英国統治時代から含めて1度もない。「法治主義」や「資本主義」はあっても「民主主義」はなかったのだ。中国の改革派(天安門事件に抗議して基本法完成前に辞任した)がその起草に参加したがゆえに基本法に書き込まれた文字によって「2007年以降、民主主義を手にすることができるかもしれない」という希望が生まれ、それが裏切られた。これが雨傘革命の実像だった。
つまり「いまないものを求めた」のが雨傘革命だった。これに対して今回のデモは「いまあるものが失われようとしていることを食い止める」という闘争だ。
「安全」な場ではなくなる恐れ
既報の通り、今回のデモ隊の要求は、容疑者の身柄を中国本土などへ移送できるようにする「逃亡犯条例」の改正を食い止めることにある。
香港人の脳裏をよぎるのは、2015年に発生した書店員失踪事件だろう(関連記事:香港銅鑼湾書店「失踪事件」の暗澹)。中国政府を批判する書籍を多数そろえていた香港の書店の関係者が突然、失踪したという事件だ。失踪者たちはやがて戻ったが、そのうちの1人が中国当局による拘束と捜査だったことを告発して注目を集めた(関連記事:銅鑼湾書店事件、「ノーと言える香港人」の告発)。
言論の自由が守られている香港であれば、中国政府に対する批判も安全にできる――。「一国二制度」の壁を越えて、法的手続きを経ずに中国当局の力が及び、その「前提」がねじ伏せられたことに衝撃を受けた香港人は多かった。
「逃亡犯条例」は政治犯を対象としていないと香港政府は言う。だが、上記失踪事件をはじめとする中国当局の強面(こわもて)を知る香港人は額面通りには受け取っていない。デモに参加した男性は「たとえ無罪でも、別件で逮捕され、取り調べのためにと移送されるだけで大きなダメージになる。香港が、それを恐れて口をつぐむような場所になってしまえば、国際都市としての地位は明らかに下がる」と懸念を示す。
2003年にも、香港は「いまあるものが失われようとしていた」ことがある。香港基本法23条には「香港特別行政区は国家分裂や反逆、国家機密を盗み取るなどの行為を禁じる法律を自ら作る」という一文がある。この条文に基づいた条例を、香港政府は2003年に成立させようとしたのだ。もし成立していれば、中国政府に対する批判が法的に禁じられる事態になっていた。
今回の「逃亡犯条例」改正案は、この条例に近い効果を、香港社会に実質的に及ぼすものと言っていい。2003年条例は香港市民の猛反発に遭い、撤回を余儀なくされた。だが、2003年当時といまとでは、中国政府の力、香港の国際的な地位ともに大きく異なる。中国政府と、その意向を受けた香港政府が今回は強行するという可能性は小さくない。
「ないもの」に手を伸ばそうとした雨傘革命と、「あるもの」を失うまいとする今回のデモ。後者は、勝っても新たに得るものはなく、負ければ引き返せない一線を越える。前者と比べて多くの世代や企業が声を上げたところに、香港社会の必死さが浮かぶ。