中国江蘇省南京市の住宅街に掲げられた不動産大手、中国恒大集団のロゴ(資料写真、2023年9月29日、写真:CFoto/アフロ)

(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)

 

 

中国は共産党が統治する超格差社会である。

 上位500万人ほどの超富裕層が個人資産の3分の2を所有している。個人資産の合計は430兆元(約8600兆円)と見積もられているから、超富裕層は1家族当たり約34億円を所有していることになる(1家族3人として計算)。

 中産階級は約1億人、その平均資産額は約6000万円。残りの13億人は庶民だが、その平均資産額は約150万円に留まる。中国が想像を超えた格差社会であることが分かろう。

 ただ、近年の経済成長に伴い、庶民でも上位3分の1程度(約5億人)は数百万円程度の資産を所有しているとされる。そうなると庶民の3分の2はほとんど資産を持っていないことになる。実際に、人口の約半数を占める農民や農民工はほとんど資産を所有していないことを考えると、以上の数字は中国社会の実態をよく表していると言えるだろう。

日本企業が中国から離れられない理由

 日本でマンションを買い漁っている中国人は約500万人の超富裕層であり、化粧品などを爆買いしていたのは約1億人の中産階級である。またコロナが流行する前にツアーで日本に来ていたのは上級庶民とも言える5億人である(彼らは旅先で行儀が悪く、日本だけでなく世界中で顰蹙を買っていた)。

 日本で3000万円以上の金融資産を保有する世帯は全体の約20%(約2000万人)とされる。この世帯は不動産などを合わせると6000万円程度の資産を持っていると考えてよいから、ここで言及した中国の中産階級に相当しよう。

 日本の上位20%と同等の経済力を持つ世帯が中国には5倍も存在する。これが、日本の多くの企業が、チャイナリスクを警戒しながらも中国から離れられない理由になっている。

一般の人より早く安くマンションを手に入れる役人

 中国には共産党員が1億人いるが、その人数は奇しくも中産階級の数に一致する。共産党員と中産階級が完全に重なり合うわけではないが、中国で豊かになるには有力な共産党員と密接な関係を持たなければならないことは確かである。

 中国で人々が富を手にいれる典型的な手法を紹介しよう。富を得るにはまず一族の誰かが共産党に入り、出世しなければならない。ある人物が中央政府や地方政府でそれなりの地位に就くと、その妻や妻の親族がその威光を借りて商売をする。夫婦別姓であるために妻や妻の親族は日本より目につきにくい。

 共産党が支配する中国は日本の霞が関以上の許認可社会であり、何をするにも役人のハンコが必要になる。それは特に不動産開発で著しく、それゆえに不動産開発は汚職の温床になっている。ただ習近平が政権の座についた頃から、許認可に際してあからさまに現金を授受することは減った。人目につきやすく危険だからだ。

 現在の一般的な汚職は次のような手口で行われている。

 日本では不動産開発業者は銀行から融資を受けてマンションを建て、それを販売している。しかし、この方法ではバブルが崩壊した場合に銀行が不良債権を抱えることになり、金融不安を引き起こす可能性が高い。中国は日本のバブル崩壊から多くを学んだようだ。その結果、資金を前払いという形で購入者から集めるシステムを作り上げた。リスクを銀行ではなく購入者に押し付けたのだ。現在このシステムは「すでにお金を払ってしまったのに物件が引き渡されない」という問題に発展している。

 中国人が前払いに応じるのは、不動産が値上がりし続けていたためだ。早く買った方が得なのだ。中国では長い期間、新築物件よりも中古物件の方が高い時代が続いていた。

 そんなシステムが定着している中国で、不動産業業者は、一般の人々に販売するよりも早い段階で、役人により安い価格でマンションを販売していた。これはかつての日本のリクルート事件を彷彿とさせる。リクルートは未公開株を政治家などに譲渡し、政治家は上場直後に売却して差益を得ていた。早い段階で役人に不動産を販売することは、汚職として摘発され難い。

 役人は妻や妻の親族の名義で何戸もの物件を購入し、完成後に転売することによって膨大な利益を上げてきた。これは役人が富を手にいれる典型的な手法である。不動産開発は土地使用権の売却を通して地方政府を潤しただけでなく、役人も潤してきた。このことが、不動産開発が常軌を逸したスピードで行われ、壮大なバブルを形成した大きな理由になっている。

バブル崩壊でも騒ぎ立てることができない共産党

 

だが、その不動産バブルが崩壊した。不動産大手の中国恒大集団や碧桂園控股などが深刻な経営危機に陥っている。それとともに、多くの共産党員も困難な状況に直面している。超大物を除けば普通の共産党員は中産階級であり、彼らの資産は先に示したように6000万円程度である。無闇に資金があるわけではない。そのために妻の親族がかき集めた資金で未完成物件を購入していた。妻の親族が銀行に多額の借金をしているケースも多い。それを完成後に転売して儲けるつもりだったが、現在、その流れはストップしている。何戸もの物件を買い漁っていた人物の大半は共産党員やその親族である。彼らはバブルが崩壊して資金繰りに窮しているが、大声で騒ぎ立てるわけにはいかない。バブル崩壊が伝えられても、中国社会が案外静かな理由がここにある。全人口の半分以上を占める下流の人々は、そもそも不動産を買うことができないから、不動産バブルとは無縁である。不景気になって失職した農民工もいるが、彼らは農村に戻っている。そんなことは、これまでに何度もあった。農民工バブル崩壊の影響をそれほど強く受けていない。約5億人と見積もられる上級庶民の多くは、小さな地方都市で長期間のローンを組んで自分が住むためのマンションを2000万円程度で購入している。まだローンがたくさん残っているから純資産は少ない。そして苦労して買ったマンションが値下がりし始めたために落胆してはいるが、それでも彼らの生活が成り立たなくなったわけではない。一方、超富裕層はバブル崩壊の影響をもろに受けている。それは恒大産業オーナー逮捕などのニュースとして日本にも伝わっている。そればかりではない。ここに書いたように共産党員とその妻、そして妻の親族が窮地に追い込まれている。日本ではバブル崩壊に伴い政治が混迷し、細川政権、村山政権など非自民党政権が生まれ、さらには民主党政権まで誕生した。だが、現在までのところ中国ではそのような動きは見られない。それはバブル崩壊の影響を最も強く受けている人々が共産党員とその親族であるためだ。彼らは蓄財方法に後ろめたいところがあるから、騒ぎ立てるわけにはいかない。多くの共産党員にとって、バブル崩壊は国家や社会の問題ではなく自分や自分の親族の問題になっている。そして、自分たちが助かる方法を見つけ出すことができない。習近平を支える共産党員の多くが不動産バブル崩壊に立ちすくんでいる。それが現在の中国である。

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