焼身自殺をテロと呼ぶ中国の狂気 櫻井よしこ
焼身自殺をテロと呼ぶ中国の狂気
7月6日、東京を訪れたチベット亡命政府外相、デキ・チョヤン氏は意気軒昻だった。彼女と会うのは昨年9月、インド北部のダラムサラでの会談以来、2度目である。その少し前の8月、ダライ・ラマ法王14世が政治から引退し、政治は全て、ロブサン・センゲ首相以下、チョヤン外相を含めて40代前半の閣僚が大半を占める若い政府に引き継がれた。
チョヤン外相は7月6日の法王の77歳の誕生日を、台湾、韓国、日本の支援者らと共に祝い、チベットの現状をより広く伝えるために来日した。日本では、安倍晋三元首相、下村博文、山谷えり子両氏など自民、民主両党の衆参両院議員らとの会談に続いて、シンクタンク「国家基本問題研究所」と意見交換を行った。
「チベットの現状は非常に深刻です。2009年以降、焼身自殺が続いています。今年初め、センゲ首相が全チベット人に自殺を思いとどまるように呼びかけました。けれど、焼身自殺は続き、これまでに41人に上ります。なぜ、生きたまま身を焼くという最も残酷な方法を選ぶのか。一連の痛ましい死は非常に強い意志に基づく政治的抵抗なのです。41人は幾つかの訴えを明らかにして死んでいきましたが、ひとりの例外もなく訴えていることが2つ、あります。チベットの自由回復とダライ・ラマ法王の中国への帰国の実現です」
中国が粉々に砕ききってしまおうとするのは、チベット人の心だけではない。彼らの伝統的生活を根本から崩壊させるべく、幾十世紀もの間、遊牧生活をしてきたチベット人に定住を強制するのだ。600万人のチベット人の内、約225万人が遊牧民だといわれる。中国政府は彼らの生活向上と、チベット高原の環境を守るためとして、遊牧民に家畜を手放させ、仕事の斡旋を約束し、一時金を与えて煉瓦造りの住宅に定住させる。だが多くの場合、仕事は与えてもらえず、貨幣経済に不慣れな遊牧チベット人は一時金を使い果たし、生活の展望を切り開くことが出来ないでいる。伝統的な暮らしから無理矢理引き剥がされたチベット人は、生きる術も目的も見失い、精神的物理的に破壊されていきつつある。
チベットは中国の一部という政治的主張のために、学問・研究の基本原則までも改変してしまうのだ。チベット人の焼身自殺についても中国政府は新しい定義を編み出した。焼身自殺者は自殺者ではなくテロリストだというのだ。新しい定義に基づいて中国政府の取り締まりは強化され、苛酷さを増した。自殺をはかっても火を消され生き残った場合、手当をしてもらえず連行される。生きて戻った例はない。昨年3月16日、四川省のアバ地区で焼身自殺をはかったプンツォクという若い僧の事例は、もっと悲惨だった。彼の身体を包んだ炎は、漢族の武装警官によって消されたのだが、そのあと、まさに地獄絵が現実となった。武装警官らは火を消したあと、その場で、息も絶え絶えのプンツォク氏を死ぬまで殴り続けたのだ。
これまでも中国政府はテロリストという言葉でウイグル人を弾圧してきた。01年9月11日、米国が同時多発テロ攻撃を受けた途端に、中国政府は国内のイスラム教徒であるウイグル人をテロリストと位置づけた。アルカーイダ勢力への米国人の恐れを巧みに利用して、中国政府は9・11をウイグル人弾圧の好機としたのだ。そしていま、再び、テロリストという言葉でチベット人弾圧を進めるのが中国共産党である。
「法王が政治から引退し、いまチベット亡命政府は若い世代の我々が担っています。センゲ首相はハーバード大学の上級研究員を辞職してダラムサラに戻りました。私もカナダから戻りました。我々はこれからの5年間で、法王の中国への一時帰国を実現させたいと考えています。宗教家として、法王は非暴力を貫き、チベットの独立ではなく、自治を求めると主張してきました。中国が拒絶する理由はないのです」