コラム:
撃墜事件がウクライナに与えた「3つの変化」=ブレマー氏
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国際政治学者イアン・ブレマー
この事件では、ウクライナ問題の当事者らが互いに双方の責任だと糾弾し合っている。ウクライナ政府は、事件が親ロシア派 の「テロリスト」の仕業だとし、同派に情報や武器を提供しているとしてロシアにも責任があると非難。これに対し、親ロ派の分離主義者らは関与を否定、ウク ライナ軍が2001年にシベリア航空機を誤爆した事故にも言及して、同国政府側が攻撃したと訴えている。また、ロシアのプーチン大統領はウクライナ政府が撃墜したとは明言してないものの、ロシア政府はこうした暴力的状況に親ロ派を追い込んだのはウクライナ政府の責任だと主張している。
事態は混乱しているが、この事件が意味することは明白だ。それは、紛争が劇的に深刻さを増し、さらに戦火が拡大する恐れが出てきたということだ。
一部のアナリストや評論家は、この事件をきっかけにプーチン大統領は親ロ派への支援を手控えざるを得なくなるとみている。親ロ派の犯行を示すより明白な証拠は、本来ならプーチン氏にそう決断させる理由を与えるはずだが、ロシア側がそのように出る可能性は非常に低い。
プーチン氏は引き続き、ウクライナに対する影響力と、ウクライナを北大西洋条約機構(NATO)に加盟にさせないことを自国の安全保障の最重要課題としてみている。それは、イランの核兵器開発をイスラエルが阻止しようとするのと同じことだ。マレーシア機撃墜を受けても、同氏の関心は少しも変わっていない。実際、この事件が生んだ3つの大きな変化が、事態のさらなる深刻化を示している。
第一に、プーチン氏がウクライナを非難した声明は撤回が極めて難しい。なおはっきりしないのは、親ロ派が旅客機を撃墜したとロシアが認めるのか、それとも否定するのか、曖昧にごまかすのか、証拠に異議を唱えるのかという点だ。しかし、ロシア政府はいずれにせよ、ウクライナ政府に暴力激化や地域不安定化の責任があるという主張は曲げないだろう。国営メディアを駆使して、自らの主張を訴えるはずだ。
次に、親ロ派による犯行が確実になれば、欧州各国や米国による制裁が強化されることになる。ドイツのメルケル首相は 18日、「ウクライナで今起きていることの責任はロシアにある」と明言。米国も金融・エネルギー面での追加制裁のほか、他分野で新たな措置を取る可能性が もある。制裁強化は紛争の方向性を変えるわけではなく、問題をエスカレートさせることになる。こうした制裁はこれまでの制裁と同様に、ロシア経済や投資家 心理に大きなインパクトを与えるが、ウクライナにおけるプーチン氏の思惑を変える可能性は極めて小さい。
最後に、MH17便撃墜事件を受けて、分離主義者への軍事作戦を進めるウクライナの ポロシェンコ大統領に対し、国際社会がより強固な支持や共感を示すようになった。同大統領は攻撃が「テロリスト」によるものだとし、掃討作戦強化の責任を 担う。今後、親ロ派が支配するドネツクやルガンスクで攻勢に出るとみられるが、多くの血が流れる厳しい戦いになるだろう。墜落事件は戦闘には大きな変化を もたらさないとみられる。戦闘が長期化し、双方がさらに苛立ちを募らせる中、情勢は行き詰まる可能性が高い。
*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で 博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在 に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。
*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。