パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

NPT 合意文書の文言巡り日中が応酬

勝谷誠彦の××な日々。 の有料ブログより転載



最近のNHK、いい仕事をする。賛否両論の中で私は今の会長は「
下品だが、優秀」ではないかと感じていた。これはわが師匠の花田紀凱さんの言葉であって「カツヤは下品だが優秀なんだよ」と必ずヒトに紹介した。本人は褒めているつもりなのだろうが、当人としてはどういう顔していいのかわからない。風俗ライターを続けながら『週刊文春』で記事を書いていた私をそう表現したのかな。そう、NHK。これです。
 

<NPT 合意文書の文言巡り日中が応酬>
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150516/k10010081641000.html
 <NPT(核拡散防止条約)の再検討会議で、合意文書の草案に盛り込まれていた世界の指導者に広島・長崎への訪問を呼びかける文言が中国の働きかけで削除されたことを巡って、日本と中国の代表が応酬を繰り広げました。>

 事情はここで紹介した通りだ。しかし、実際の動画を観て欲しい。外交の現場というのはこういう迫力がなくてはいけない。
 <これを巡って15日開かれた会合で、日本の佐野利男軍縮大使は、「将来にわたって核軍縮の必要性を伝えるには広島と長崎への訪問は何より有益だ」などと述べ、文言を草案に戻すよう求めました。また、ヨーロッパやアフリカなどの複数の国も、「核兵器の非人道性への理解を広げるうえで必要だ」などとして、日本の立場を支持しました。
 これに対して中国の傅聡軍縮大使は、「日本が各国の指導者を招くのは自由だが、中国も参加するNPTの会議が訪問を呼びかけるのは受け入れられない。侵略戦争の事実も認めない日本にわれわれはくみすることはできない」と強く反対しました。>
 支那が圧倒的に不利でしょうね。論理かかみ合っていない。「核不拡散」の場でこういう戦いをする時点で負けていた。私が外務大臣ならば「支那が『軍縮大使』を出して来るというのはどういうことか。支那は毎年、物凄い勢いで『軍拡』をしているではないか」と一発カマせたいところだ。
 ひとつ注文をつけたいとすれば「現場のテクニック」。映像を観てもらえばわかるが、日本国の大使はペーパーに目を落として稚拙な英語で話している。一方支那の相手はそううまいとは言えないがしかし英語を使いこなしていると「思わせる」。こんなの、簡単なことなのだから、せめて「英語を喋られる奴」を前に出しなさいよ。
 私はロクな人間ではないが「スピーチ」だけではそうは人に負けないと思っている。これは、それがわかった人間だけに理解できることだ。「スピーチが人生の役に立つ」などというのは結婚式でなんとかそれに成功した時にしかわからないでしょう。「スピーチ」を日常的にやるようになると別の「ゾーン」に入る。それに近いことをやっているのが政治家だろうが、私から見るとあまりに下手なので「ゾーン」の存在はわからないだろうね。私としてもわかったのは、前回の総選挙で内閣総理大臣の「代理」として1週間、演説をし続けた時だ。「なるほどなあ」と。
 いま「お笑い芸人」(本人たちはいやがるだろうが、世間のレッテルとして)たちの間で、猛烈に「政界進出」のムーブメントが起きている、と私は感じる。「あいつらよりもよっぽど、ワシらの方が喋られるやん」が根本的な動機だと思う。そして、その通りだとも。底にある教養や知識など、そうは違わないのである。ネタを仕込んでいる彼ら彼女らの方がカシコイと私は思う。これ、面白いですよ。誰とは言わないが、ひとり、ふたり、次の選挙には出るのではないか。そしてかなり大きな影響力を持つのではないか。こっそりと、書いておく。

 そんな話に行くつもりではなかった。もとに戻ろう。支那の「暴論」である。何を言っているのかもはや理解不能であって、日本国はそこを徹底的に突いた方がいい。
 <NPTの再検討会議の合意文書を巡っては当初、日本が提案した世界の指導者に広島・長崎への訪問を呼びかける文言が草案に盛り込まれていたものの、中国が「日本が戦争の被害者の立場を強調している」などと抗議したことから、草案から削除されました。>
 文書は「今後の世界」について語ろうとしているわけで、その提案者が過去にどういうことをしていたかは問題視するべきではない。もちろん、支那の異様な歴史観は糾弾するべきだが、それはまた別の場所で言えばいい。ここでそれを言うと、奴らの戦法に巻き込まれる。日支戦争のころから、あいつらの手法は「正規戦争と非正規戦をごちゃまぜにしてズブズブと勝つ」だったのだから。
 もし戦争被害のことをもういちど取り上げるなら、やればいいと思う。旧大日本帝国としても相応な代償を求められるだろう。払えばいい。しかし東京裁判を含めてすべてを「やり直す」べきである。支那も帝国が支那に出兵せざるをならなくなった通州事件の説明と賠償をするんですね。
 

<惨!通州事件
 http://www.history.gr.jp/~showa/tushu.html

 <盧溝橋事件発生から3週間後の7月29日、北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した。世に言う「通州事件」である。>
 ご存じでたか?知らなければ、このサイトででも今日、知っていただくといい。日本人ならば知っておくべきことだ。知らなかったことは恥ずかしくないです。朝日新聞を読んでいれば仕方がない。しかし、今日からは知っておいていただきたい。
 <中国保安隊は我が守備隊や特務機関を攻撃したのみならず、日本人居留民の家を一軒残らず襲撃し、無辜(むこ)の居留民(多数の老幼婦女子を含む)に対して略奪、暴行、凌辱(りょうじょく)、殺戮(さつりく)などおよそ残虐の限りを尽くした。中国兵特有の猟奇的な殺害、処刑の場面が白昼堂々、各所で展開された。>
 <「旭軒(飲食店)では40から17~8歳までの女7、8名が皆強姦され、裸体で陰部を露出したまま射殺されており、その中4、5名は陰部を銃剣で刺殺されていた。商館や役所に残された日本人男子の死体はほとんどすべてが首に縄をつけて引き回した跡があり、血潮は壁に散布し、言語に絶したものだった。まさになぶり殺しではないか。>
 日本国は「大人」なのでこういうことを蒸し返さない。本当はこうした方々の名誉のためにも「蒸し返す」べきだと私は思うのだが敢えてしない。劣等国家はそれをしたがる。ガキなのである。だったら、しゃがんで同じ目線で「それは違うよ」と言ってやらなくては。NPTの現場で支那がややこしいことを持ちだした時に、カマしてやらなくては。それが外交というものだと言いたいのだ。