毛沢東も夢見た「チベット鉄道」の遠謀
The Economist
ある上級エンジニアはそれを「超大型ジェットコースター」と表現した。中国が、南西部の低地からチベット自治区にかけて建設を予定している鉄道のことである。この鉄道は世界でも最も厳しい自然地帯を縫ってチベットに到達する。近年、中国は鉄道の建設において様々な業績をあげてきた。中でも、この路線は注目に値するものだ。地震多発地帯にそびえ立つ冠雪の山々を貫く線路は全長1600キロに及ぶ。そのほぼ半分はトンネルや橋梁が占める。そしてこの路線にはその是非を問う論争が今後ずっと付きまとうだろう。
中国の高官たちは1世紀もの間、このような鉄道路線を夢見てきた。中華民国政府の初代(臨時)大統領となって間もない孫文は1912年、チベットを貫く路線の建設を命じた。その主な目的はチベットが英国の支配下に落ちるのを防ぐことだった(英国はそれより10年前にインド経由でチベットに侵攻していた)。1950年代に入り、毛沢東がこの政策を蘇らせた。それ以来、多数の探索調査が実施されている。
孫文と毛沢東の夢がいよいよ実現へ
中国は手始めにチベットに続く最初の鉄道を敷いた(青海チベット鉄道、2006年全通)。これはチベット自治区の拉薩(ラサ)と青海省の格爾木(ゴルムド)を結んで北に向かうもので、政府はこれを大きな偉業であると称賛した。2年前にはラサからチベット第2の都市、日喀則(シガツェ)までの路線が延長されている。
さらに中国は2014年、チベット高原を横切る高速鉄道を開通させ、手腕を磨いた(もっともこの鉄道はチベットそのものではなく青海省を通る)。
この鉄道の提案ルートと同じく成都からラサを結んでチベットへ続く既存の道路は道幅の狭い高速道路で、走行中に落輪した大型トラックの残骸が多くあることで有名だ。中国の運転手の中には、この道(G318国道)を走り切ることが車両と自分自身の耐久力を証明する究極の方法だと考える者もいる。
いよいよ最難関部の建設へ
*:「五年行動計画」とみられる
建設が困難な路線部分にあたる四川省の理塘(リタン)県(高原地帯に位置する)では、一人のチベット僧がこの計画を次のように評価している。「この辺境地にあるコミュニティ、およびここに16世紀に建設された修道院に多くの観光客を運んでくれるものだ」。ちなみにこの修道院は1956年の暴動を制圧しようとした中国軍の空爆を受けており、建て直されたものが現存している。
観光ブームが不満のタネに
ゴルムドとラサを結ぶ路線がチベットにもたらした影響は今も色濃く残る。この路線ができたためにラサの観光ブームに火が付き、中国各地から漢民族が押し寄せて仕出し業や運送業などで職を獲得した。これを契機にチベットの人々の間で「新たな雇用から閉め出された」という怒りが強まり、2008年にラサで起きた暴動に発展した。これを機にチベット中に抗議の波が広がった。
今回の新路線は、その沿線でも民意が最も反抗的な地域を横断することになる。このときの騒動以来、中国はチベットを厳しく弾圧しており、それへの抗議を表明して焼身自殺を図ったチベット人の数は2011年以降110人以上にのぼると報告されている。焼身自殺の一部は理塘県近郊など四川省のチベット人居住地域で発生している。
自然の絶景を楽しめる新路線は大きな呼び物となるだろう。それに加えて、8000万の人口を抱える四川省から多くの移住労働者を呼び込むことも間違いない。彼らはチベットの観光業から利益を得ようと集まってくるはずだ。成都からラサまでクルマで行けば3日間を要し、極めて大変な道のりとなる。青海省経由の列車でも40時間を超える。これに対し、新路線ならばわずか15時間で到着できる。
インドとの国境地帯を走る理由は?
政府高官はその他の利点も視野に入れている。新路線は木材から銅に至る天然資源が豊富な地域を走る。またインドにとっては驚くべきことだが、中国とインド間の紛争の要因となっている地域のすぐ近くを走る予定だ(インドは「南チベット」を占領している、と中国は主張している。中国は1962年、この地域に短期間、侵攻した)。
これにはシガツェから亞東(ヤートン。インドおよびブータンとの国境近くの町。別名ドモ)県までの路線と、ネパール国境近くの吉隆(キドン)県までの路線を含む。中国鉄道部のトップによれば「チベットの開発と安定のため、鉄道の建設は極めて重要」。だがこの地域の近年の歴史を見る限り、その根拠は乏しい。
© 2015 The Economist Newspaper Limited.
May 21st 2016 | LITANG | From the print edition
英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
このコラムについて
The Economist
世界中で起こる出来事に対する洞察力ある分析と論説に定評があります。
記事は、「地域」ごとのニュースのほか、「科学・技術」「本・芸術」などで構成されています。
このコラムではEconomistから厳選した記事を選び日本語でお届けします。