ダラス連銀のスタッフは、株価変動の指数と、安全通貨とされる米ドルや円、ユーロ、ポンド、スイスフランに対する人民元の相対価値を分析した。その結果、「人民元のパフォーマンスは2011年から2015年後半までは主要通貨よりも良好だったが、その後、市場のボラティリティーが高まる中で主要通貨に対する相対価値が低下した」ことが判明したという(人民元は今年に入って主要通貨に対して約3%下落)。
IMFが人民元のSDR入りを決定したのは2015年11月30日だった。当時は「人口規模が米国の4倍以上もある中国が、経済規模で米国を上回るのは時間の問題だ。人民元が米ドルの基軸通貨としての地位を脅かす存在になる」とセンセーショナルに受け止められた。だが、今年に入り中国経済に対する悲観的な見方が支配的になったことから、人民元のSDR入りはほとんど話題に上ることはなくなった。
上海株式市場が下落、資金流出も再び拡大傾向に
今年第1四半期の不動産業界への新規融資額は1.5兆元と、過去最高水準となった(昨年第4四半期は8000億元弱)。同業界の財務体質は目を覆うばかりである。5月21日付米ウェブサイト「The Automatic Earth」によれば、30%を超える上場不動産企業が、金利負担に耐え切れず明日倒産してもおかしくない状態にあるという。
中国の企業債務が経済成長率を大幅に上回る勢いで拡大していることを危険視する論調も高まっている。モルガンスタンレーによれば、現在の企業債務の水準は、金融危機前の住宅バブル期の米国に比べても2倍に相当し、バブル崩壊により中国の銀行が被る損失額はサブプライム危機の米国の銀行の損失額の約4倍に上ると懸念されている。
中国銀行業監督管理委員会(銀監会)は、盛京銀行などの都市銀行の金融投資額の伸びが前年比100%を超えている(6月14日付ブルームバーグ)状況を踏まえ、3.6兆ドル規模にまで膨らんだ理財商品に関する商業銀行の取り扱いについて、新たな規制を策定中であることを明らかにした(7月28日付ロイター)。これに対して市場関係者の間では、「当局の規制で過度の調整が起きるのではないか」と心配する声が上がっている。
経済政策の主体は李克強から習近平へ
今年の重要テーマの1つは、“政治局常務委員の定年制の見直し”だ。共産党の最高意志決定機関の7人のメンバーである政治局常務委員は、従来のル-ルでは節目の党大会の時点で「68歳以上」であれば引退しなければならない。そのため、習近平国家主席は反腐敗闘争の盟友である王岐山氏を常務委員の座に残すことができない。そこで、習近平国家主席はこのルールを「70歳以上」に改正するのではないかという観測がある。そうすれば、王岐山氏を首相に抜擢し、対立がささやかれている李克強首相を全国人民代表大会委員長という「閑職」に追いやることができるようになるからだ。
中国では江沢民政権下の1998年から2003年まで在任した朱鎔基首相の時代に、民政分野の具体的問題について首相が全面に立って指導し、国家主席は首相を「立てる」方式が確立した。次の胡錦濤政権でも四川大地震(2008年)や高速鉄道事故(2011年)の際に現地に飛んで陣頭指揮をする温家宝首相の姿がクローズアップされた。
李克強首相と国務院の官僚たちは、経済政策として、規制緩和を進めて民間企業を育成する、いわゆる「リコノミクス」を始動させていた。だが、5月9日付の共産党機関紙の人民日報がリコノミクスを厳しく批判する論説を掲載した。論説の筆者は、習近平主席の側近の経済専門家(劉鶴・党財経指導小組事務局長)とされている。彼の持論は「国有企業を保護し、経済に対する共産党の主導を強化する」である。共産党の主導強化に反することになる人民元のSDR入りにも、習近平主席は消極的だろう。
国家統制と締め付けの経済政策
中国メディアの報道を見ても「ゾンビ企業は中国経済にとっての『悪貨』だ! 今こそ駆逐せよ」という論調が目立つようになっている。「高い技術力を有する『良貨』の企業を増やすことで『悪貨』のゾンビ企業を淘汰せよ」という主張は一見正論のように聞こえる。しかし、「財務面で不利な環境に置かれている民間企業を一斉に駆逐して、国有企業を温存する」という習近平派の本音が見え隠れしているように思えてならない。
また、今年になっても中国企業による海外でのM&A攻勢が旺盛だが、資金流出を防ぎたい当局の強硬手段のせいで、買収を撤回する事例が相次いでいると いう(6月1日付ロイター)。7月に入り中国政府は国境をまたぐ為替取引の管理を強化している(8月3日付日本経済新聞)。
ゴールドマンサックスは7月28日、「中国の最高指導部は資産バブルを警戒しており、金融当局は一段とタカ派になるかもしれない」との見方を示した。朱鎔基首相の時代に発生した金融危機を蛮勇を奮って乗り切った王岐山氏が首相に抜擢されれば、その傾向はさらに強まるだろう。
サウジの建設事業が壊滅的状況に
気になるのは、サウジアラビアの原油需要の伸びが、少なくともここ6年で最低のペースになっていることだ。原油安はサウジアラビアの経済成長に深刻な打撃を与えている。以前のコラム(5月28日)で、サウジアラビア政府が深刻な財政不足から建設業者に対する支払いをIOU(政府借用証書)で行うことを検討していると紹介した。その後、建設業者が国家プロジェクトへの参入を避けるようになったため、同国内の建設事業は80%減少したと言われている。