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東芝が米原発産業の「ババを引いた」理由



【第128回】 2017年2月2日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]

東芝米原発産業の「ババを引いた」理由

日本を代表する名門企業・東芝が崩壊の瀬戸際に追い込まれた。米国事業に隠されていた地雷「隠れ損失」が爆発して日本の本社が吹っ飛んだようなものだ。3.11の事故後、原子力事業は採算に合わず、リスクの高いビジネスであることは世界で常識になったが、安倍政権は今なお原発輸出を成長戦略のかなめに置いている。政策の失敗を認めない経産官僚と重厚長大から抜けられない産業界に引きずられ、時代の趨勢が見えない。東芝危機は「目を覚ませニッポン」という警鐘でもある。
原発関連の企業など420団体が集う日本原子力産業協会(今井敬会長)の新年会が1月12日、東京国際フォーラムで開かれた。「今年は原発再稼働を本格的に進める年」。年頭の辞で今井会長は強調した。もう一つ力を込めたのが原発輸出。原子力発電所インフラ輸出分野は日本の強みでございます」と語ったが、果たしてそうだろうか。東芝で起きたことは「日本の弱み」そのものではないのか。
 今井会長は新日鉄で社長・会長を務め、経団連会長を経て今なお財界の奥の院で健在だ。天皇の退位問題では、有識者会議の座長を務めている。その権勢を裏打ちしているのが甥で首相政務秘書官の今井尚哉氏である。経産省のエネルギー官僚で政務秘書官の前は資源エネルギー庁次長として原発再稼働に取り組んでいた。安倍政権が原発輸出を成長戦略に掲げたのは「二人の今井」の連係プレーと言われている。
役人と業者が結託した政策。盲点はそこにあった。日本では原発は儲かる。「官民癒着の電力支配」がそれを可能にしたのだ。だが日本の産業風土は世界に通用しない。海外で原発はリスク満載の事業である。談合体質の日本では信じられない苛烈なビジネス戦争が原発の現場で起きている。

不安と損失の押し付け合い
米原発業界のババを引いた東芝

「7000億円」と報じられる損失が発生したのは米国の子会社ウエスティングハウス(WH)が昨年12月の子会社にしたストーンアンドウエブスター(S&W)という原発工事の会社だ。東芝にとって孫会社という末端が、本社を揺るがす損失を出した。買収して1年で巨額損失が露見した「奇怪な破綻劇」である。東芝は嵌められた、という疑念さえ湧く。
 この会社は工事代金を巡りWHと訴訟合戦を起こしていた。WHはジョージアサウスカロライナで計4基の原発を受注し、S&Wに工事を任せていたが、高騰する建設費用をどちらが負担するかで揉めていた
 買収の経緯も不透明である。東芝は「S&Wの買収価格はゼロ」としている。タダで引き取ったというのだから、内容の悪い会社であることは知っていたのだろう。にもかかわらずS&Wの親会社シカゴ・ブリッジ・アンド・アイアン社(CB&I)に260億円を支払う約束をしている。
つまり260億円で買った会社に7000億円の赤字が隠れていた。「詐欺」に遭ったような話である。よほどの間抜けか、何か弱みがあったのだろう
 買収が実行された2015年12月、東芝粉飾決算で大騒ぎしていた。「不適切な会計処理」が問題化したのは3月。損失を先送りするバイ・セル取引など姑息な操作が明るみに出て、西田厚聰元会長と佐々木則夫元社長の確執が話題になった。粉飾の根源に米国子会社WHが抱える損失が浮上したのがこの年だ。訴訟でS&Wに負ければ「WHの経営は順調」と強弁してきた東芝に大きな打撃になる。
 呑みこんでしまえば会社間の揉め事はなくなる。だが訴訟にまでなった赤字要因が消えるわけがない。原発工費の膨張がもたらす損失を東芝グループは抱え込むことになった。
CB&Iは米国最大のゼネコン、ショウ社を買収して成り上がった会社だ。ショウは東芝が頼りにしてきた会社でもあった。2006年にWHを買収した時、協力したのがショウ。原発工事で稼ぐショウにとってもWHが健在であることが必要だった。東芝は77%、ショウが20%の株式を持つことになった。
スリーマイル島の事故を経験しているショウは原発に不安を抱いていた。「将来、株を手放すときは引き取る」と東芝に約束させたのである。そして3・11福島事故が起きるとショウは権利を行使してWHから手を引いた。更に会社を丸ごとCB&Iに売却して原発事業から撤退してしまった。
 CB&Iも原発を不安視した。WHと組んで工事を担ってきた子会社S&Wの損失処理が課題となっていた。結果から見ればCB&Iは訴訟合戦でWHを追い詰め、S&Wを引き取らせることに成功した。「ゼロ円」で売却しながら240億円の負い銭を取って、7000億円の損失を置き土産にした。
 壮大なババ抜きが米国の原発産業で展開されていた。ウブな東芝が見事にババを掴まされたのである。

20世紀に始まっていた
米欧日の壮大なババ抜き

東芝内部でこの取引を主導したのは子会社エネルギーシステムソリューション社。WHを翼下に置く東芝の社内カンパニーで、社長はダニー・ロドリゲス氏。原子力事業は志賀会長が総責任者だが、実権はロドリゲス氏が握っていた、と関係者は指摘する。
 WHは子会社であっても設計やエンジニアリングの技術で先を行っている。東芝はWHの指導で原子力事業に乗り出したいきさつもあり、親会社として指導性を発揮できる関係になかった。日米間の意思疎通の悪さから、本社は米国で起きている深刻な事態を見過ごしたのだろうか。東芝は致命傷を負った。
 ババ抜きは今に始まったことではない。WHが売りに出た時からゲームは始まっていた。米国の電機産業を代表したGEやWHは1980年代からモノづくり企業として存続するのは難しくなっていた。GEはパテントやメンテナンスなどサービス産業に活路を見出し、改革できなかったWHは売りに出された。
 電機部門はドイツのジーメンスが買い、原子力部門は1999年、英国核燃料会社(BNFL)が引き受けた。だが再生は困難だった。スリーマイル島の事故以来、安全検査は厳しく、電力自由化が重なり電力会社は疲弊し、原発に逆風が吹いていた。BNFLはWHを持て余す。原子力産業は米国にとって戦略分野。売り先はどこでもいい、とはいかない。英国がダメなら日本。米エネルギー庁から経産省に売却が持ちかけられ2006年、入札で東芝が買い取った。
ライバルの三菱重工が「相場の2倍」と驚くほどの高値。純資産3000億円程のWHを、後のショウからの引き取り分を含め6600億円で買ったことになる。喜んだのは売り抜けた英国公社とWHの処理に困っていた米国。背景には日米原子力協定で優位に立つ米国の政治力があった。事実上の経営権を米国に残しながら、日本から資金を引き出しWHを支える、という日米同盟である。

米国のツケを払わされ細る東芝
やがて原発も官主導で合併・再編か

 今回、東芝が被った7000億円の損失は米国の原子力業界が開けた穴である。
9.11の同時多発テロ原発が狙われる恐れが問題になった。戦闘機が突っ込むことは想定していた安全基準が、大型航空機が突っ込んでも耐えらえる基準に引き上げられた。
 3.11の福島事故で、溶けだした燃料がこぼれ落ちない炉心の設計が求められ、安全検査は一段と厳しくなった。工事は頻繁に止まり、工期が伸び、物量・人件費が膨らみ原発の建造コストは跳ね上がった。そのツケが「実権のない親会社」である東芝に回された。
 2016年3月期の決算で東芝はWHで生じた損害2400億円を処理した。資金をひねり出すために儲け頭である医療機器部門の東芝メディカルをキヤノンに売却した。その前には白物家電部門を中国の会社に売っている。もう終わりかと思っていたところに、また米国から請求書が届いた。
 今度は半導体部門を別会社にして切り売りする。大型のフラッシュメモリーが好調で、粉飾決算で生じた大赤字を今年は埋められる、と思っていた矢先である。また、東芝の至宝が泥沼に引き込まれる。次に売られるのは東芝病院か、などと取りざたされている。去年も売却候補に挙がったものの従業員の健康に配慮して見送られたが、損失処理が拡大すれば手放さざるを得ないだろう。
米国でつかまされたババによって、東芝は優良部門を一つひとつ剥され、細ってゆく。残されるのは引き取り手がない原子力部門だが、やがて日立・三菱重工原子力部門と合体され官主導の「ジャパン・ニュークリア」にされるのでは、という観測が広がっている。

米欧アジアで原発衰退の動き
今さら官民一体で打って出る無謀

「エネルギー事業で原子力にもっとも注力するという位置づけを変え、今後、海外の事業は見直したい」。東芝の綱川社長は記者会見で述べた。遅きに失した、とはいえ「見直し」は当然だろう。米国ではGEのジェフリー・イメルトCEOは「原発事業を正当化する根拠を見出すことは困難になった」と述べている。欧州最大の電機メーカー・ジーメンスは、原発事業から撤退し再生エネルギーへと舵を切った。フランスでは原発大国を担ってきたアレバ社がフィンランドで受注した原発で膨大な損を抱え経営が行き詰まった。
 安全基準の強化に現場が対応できず、工期が延び、運転開始の遅れで工費が膨れ上がった。米国でも欧州でも同じことが起きている。原発事業の先端を走ってきたGE、WH、アレバが挫折した。そんな危ない事業に日本は打って出ようというのである。
 旗を振るのは経産省。「米国市場とともに、新規導入国を含めたアジアが、我が国原子力産業の国際展開の中心になる」という見通しに沿って2000年台初頭、「海外の原発市場を取りに行く」という方針が打ち出された。東芝はWH、日立がGE、アレバは三菱が応援する。基礎技術は米国でもタービンや原子炉などモノづくりは日本が引き受ける、という「捕らぬタヌキの皮算用」で官僚と業界は盛り上がった。
原子力ムラ」が支配する日本では、原発は作れば儲かる。製造コストが膨らんでも電力会社は総括原価方式なので、電力料金に被せて消費者につけ回しできる。「原発は安全」「原発の電気は安い」というウソが国内で喧伝され、経営者の頭まで妄想に支配されたのではないか。作れば儲かる、という発想がリスク感覚を麻痺させた。
幻想は3.11で粉砕されたはずだが、日本は政権も産業界も現実を認めるたくない。今や台湾まで原発撤退を決め、日本が熱心に売り込んでいたベトナムまで原発計画を取り下げた。
 役人は失敗を認めない。「原発ルネッサンス」のシナリオを描いた官僚たちがまだ現役で政権の近くにいる。その一人が今井秘書官で、安倍首相の側近に納まっている。鉄鋼やプラント業界の面倒を見る立場にある叔父の今井敬氏は、財界長老として安倍政権に寄り添う。
 以前から「アメリカファースト」だった米国の原子力支配と「日米同盟ファースト」の外交が東芝事件の底流にある。
悲惨な原発事故を起こしながら経験から学ばない、官民癒着の原子力行政が東芝を悲劇に追い込んだ。
 政策の失敗・経営の誤りは、末端のリストラ、従業員の失業、企業のモラル低下となって社会を傷つける。なぜ東芝はこんなことになったのか。
(デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員 山田厚史)