【正論】祈りは遺伝子を「活性化」する
慈悲の心が免疫機能の強化につながる
本質にある大自然との一体感
僧侶は身心の感受性が強い
まず、祈りや瞑想が身心にどのような影響を及ぼしているかを調べるため、日常的に祈りや瞑想を実践している高野山真言宗僧侶における遺伝子発現の活性化(オン・オフ)の検討を行った。すべての生き物は、生命活動に必要な遺伝情報を、DNA(デオキシリボ核酸)という化学物質の配列(塩基配列)として暗号化している。この遺伝情報を遺伝子という。時間や環境の変化に応じて必要な遺伝情報を取り出す仕組みとして、遺伝子の発現をスイッチのようにオン・オフしながら調節している。すなわち、「オン」とは遺伝子の発現が活性化している状態、「オフ」とは遺伝子の発現が弱まる、あるいは停止した状態である。この調節にはさまざまな要因が関与し、いわゆる「心」の状態も「オン・オフ」に影響することが知られている。われわれはこれまでに「笑い」によって、2型糖尿病患者の食後血糖値の上昇が有意に抑えられること、免疫系の活性が適正化することなどを報告してきた。今回、「僧侶型オン遺伝子」として見いだされた遺伝子はいずれもI型インターフェロン関連遺伝子であった。I型インターフェロンはウイルスの増殖を抑えたり、感染した細胞を除去したりすることによって、ウイルスから身体を守っているタンパク質である。僧侶群におけるこの特徴は、僧侶になるための修行か、あるいは日常の行において獲得・維持された資質であると考えられる。すなわち、僧侶では自然免疫系が全体に活性化していると考えられる。
一方で、僧侶は他人の感情や行動に対する共感の度合いが高かった。これは、僧侶の心理的な感受性の強さの表れといえる。本研究で最も興味深い結果とは、共感性と僧侶型遺伝子に一定の関連が見いだされたことである。僧侶における自然免疫系の活性化は、僧侶の身体的な感受性の強さの表れの一つとして捉えることもできる。ここから、共感という心理的な感受性と、自然免疫機能という身体的な感受性に共通の基盤があることが推測される。これは、身心の関連を考える上で大変興味深い結果であり、宗教性や祈りがそのような身心基盤の成立に関わっていることが推察されるのである。
慈悲の心が免疫を強化する
真言宗の開祖、空海の言葉に『菩薩の用心は、みな慈悲をもって本(もとい)とし利他をもって先とす』(秘蔵寶鑰(ほうやく)巻中)とある。これは「菩薩は慈悲の心で他の者の幸せを優先する」という意味であろう。人の悲しみや喜びをわがことのように感じ、利他の心を持つことは、高い共感性に通ずる。空海の言葉を日々胸に刻む僧侶たちが、行(瞑想や祈り)によって共感性や慈悲の心を育むことで、免疫機能の強化に繋(つな)がったのではないかと考えている。日々の生活の中で行じられた祈りや瞑想が、ある心理状態を作り、その状態が積み重なることで、遺伝子を介して体に影響を及ぼしたのではないかと推察される。ここでは喜怒哀楽の「心」よりも深い、「魂」とよばれるものがこの メカニズムに関わっているのかもしれない。臨床心理学者で文化庁長官だった河合隼雄さんが、私に「心と遺伝子の研究も面白いがもっと面白いものがある。それは魂と遺伝子の研究や」と言ってくれた言葉をあらためて思い出している。(筑波大学名誉教授・村上和雄 むらかみかずお)©2018 The SankeiShimbun & SANKEI DIGITAL All rights reserved.
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