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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024)4月21日(日曜日)
通巻第8223号
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ポーランド訪問中のゼレンスキーを暗殺する計画?
モスクワの差し金と西側メディアは報じたが。。。。。。。。
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「奴は、鬱陶しい存在になったな」
戊辰戦争前夜、薩長にとって、突然、坂本龍馬が邪魔になった。ひ
竜馬の隠れ家の情報は京都見回り組にもたらされ、今井信郎ら腕利
いま西側にとってゼレンスキーがまさにそうした存在になりつつあ
「はやく停戦交渉を始めろ」、「武器供与は限界」と関係諸国はウ
CIAのバーンズ長官は言い放った。「このままでは年内にウクラ
バーンズ長官はロシアのウクライナ侵攻以降、10回ウクライナを
4月18日、ポーランド国籍の男(ポーランド検察庁がパヴェル・
ジェシュフ=ヤションカ空港からウクライナ国境までは約100キ
ゼレンスキー大統領も、外国訪問の際にこのジェシュフ=ヤション
容疑者はこの空港の詳細を調べていた。
元ロシア大統領ドミトリー・メドベージェフはこう発言した。「キ
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<< 日曜随筆 >>
寺山修司と川内康範
『月刊日本』に南丘主幹が寺山修司とジャック・ロンドンについて
寺山と川内には接点も共通項もないうえ、たぶんイデオロギーは異
そうだ。ふたりに共通したのは「反骨の精神」である。ナショナル
さきに寺山修司のことを書く。筆者にとって早稲田大学教育学部の
いまもすらすらと寺山の和歌で思い出すのは氏が十八歳で詠んだ、
マッチ擦る束の間の海に霧深し
身捨つるほどの祖国はありや
寺山の孤独感、反戦歌的な逆説の諧謔。当時の日本の歌壇はこの和
筆者もなぜか反戦歌的な調べに違和感を持ったが、二歳で父が戦地
学生時代の筆者は寺山修司を詳しくは知らず、また「天井桟敷」か
寺山修司と筆者が会ったのは三島由紀夫追悼の憂国忌の件で冊子に
その後、浅川マキの♪「ときには母のない子のように」などを作詞
川内康範が月光仮面の作者で森進一や青江美奈のヒット曲の作詩を
氏の五十歳記念パーティにも呼んで頂き、「北海道のケネディだ」
氏はその後、♪「この世を花にするために」の「機動隊」の歌も作
キーワークは常に「花」と「愛」、そして「真実」である。氏は大
三島事件直後は筆者の提案で追悼会を行うというと自ら司会を買っ
再会はじつに三十年後、それも『月刊日本』の十周年記念パーティ
ここで八戸、三沢が重なった。
寺山も川内も青森で生活したという共通項、あの独特の方言と土地
そして二人に重なるのは「母」である。
「愛国心がないことを悩んでいたら」という『人生処方詩集』のな
川内の代表作は「雨に降られりゃ傘になり」と、あの「おふくろさ
(「月刊日本」三月号から再録です)
◎◎み○☆や◎☆ざ○☆き◎☆◎ま○☆さ◎☆ひ◎◎ろ○☆