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米政府は5月1日には、ロシア軍がウクライナ侵攻で化学兵器を使用したと正式に表明し、ロシア政府の3機関と企業4社を制裁対象に加えた。

【牙を剥くロシアへの二次制裁】「プーチンの戦争」支えた対中貿易に異変、禁輸分野からふさがれる“抜け穴”

Wedge ONLINE

 ウクライナ侵攻を続けるロシアを経済面から支えてきた中国との貿易関係に異変が起きている。米国のバイデン政権が昨年末、対ロシア貿易にかかわる中国の銀行に対する制裁圧力を高めたことをうけ、彼らがロシアとの取引から次々と手を引き始めているためだ。同様の動きは、経済面ではロシア寄りだった中国以外の第三国にも広がっている。
ウクライナ侵攻後、順調に見えたロシア経済も、新たな制裁の効果が見えつつある(Max Zolotukhin/gettyimages)

 バイデン政権は金融分野以外でも、5月にはロシアによる化学兵器使用を認定するなど、対露制裁圧力を高めている。米議会でようやく巨額の対ウクライナ支援が可決され、停滞していた軍事支援の再開にめどが立つなか、11月の米大統領選に向けて、戦況でも確実に成果を出そうとしている米政権の狙いもうかがえる。

「中国との取引が止まった」

 「昨年12月、浙江省の銀行が、制裁対象である〝一部の物資〟の支払いを止めたと通告してきた。しかし数週間後には、通貨や商品の種類にかかわらず、ロシアの(企業による)すべての取引を止めたと通告してきたんだ」

 中国から機械製品を買い付けていたというロシア中部イジェフスクの同国企業関係者は、中国からの商品購入が突然困難になった状況を、ロシアメディアに打ち明けた。商品の支払いなどの取引を仲介していたのは、中国・浙江省の銀行だ。

 このロシア企業関係者によれば、ロシアとの取引を止めたのは、同銀だけではないという。「中国のほかの大手銀行も、私たちの会社の外貨建て口座を凍結した」。浙江省は、中国企業の対ロシア輸出の拠点とみなされていた地域で、打撃の深刻さがうかがえた。

 2022年2月に始まったウクライナ侵攻以降、欧米や日本などはロシアの戦争継続能力を削ぐために、経済、金融分野で大規模な対ロシア制裁を科した。しかし、それらは当初狙った成果を上げることなく、ロシア経済は地盤沈下を避け、さらに成長軌道にすら乗りつつある。中国やインド、トルコ、アラブ首長国連邦UAE)などが、ロシアの主力輸出品である原油を大量に買い付けたためだ。

 特に中国は、原油の大量購入のみならず、ロシアに対し半導体や電子回路、工作機械など、軍事転用が可能な民生用製品の輸出を継続したとされる。結果、ロシアは防衛産業の立て直しに成功し、ロシア軍の戦争継続能力は維持された。中国とロシアの貿易額は、ウクライナ侵攻がはじまった22年に、輸出入ともに実に、前年比で二桁増の伸びとなっていた。

制裁を強化

 そのような状況に変化が起きたのは昨年12月のことだ。米バイデン政権は新たに、ロシアによる制裁回避に関与した第三国の銀行に対して、二次制裁を科す方針を表明。ロシアの軍事産業を支える個人や企業との取引を行ったなどと判断される金融機関を対象とした。

 米国内などで事業を営む第三国の金融機関には命取りとなる制裁で、これが対ロシアビジネスを事実上支えてきた中国の銀行の動きを封じ込めた。ロシア企業は、中国からの製品購入で支払いを行うことができなくなった。

 ロシア側の報道によれば、米国の制裁導入後、中国の銀行は相次ぎロシアビジネスの見直しを開始した。取引に関与している人物や企業がロシアと関係を持っているかどうかが詳細に調べられるようになり、ロシアの市民権を持つ人物が社長を務める中国企業なども、銀行口座を開設できないなどの事態が発生した。2月ごろからは、中国の銀行から「この取引は当行の内部規定に反している」などと理由で、ロシア側からの支払いが返金されるケースが相次いだという。

 米政府は手を緩めていない。4月中旬にイタリアで開催された主要7カ国(G7)外相会合に出席したブリンケン国務長官は、工作機械や半導体など軍事転用が可能な物資が中国からロシアに流入しているために、ロシアの軍需産業が制裁による影響を免れていると、中国を名指しで批判。「中国が、欧州と肯定的な友好関係を築きたいのであれば、冷戦終結以降、欧州の安全保障上の最大の脅威となっているロシアを支援することは許されない」と断じた。

 4月に北京を訪問したイエレン米財務長官も、中国の企業や金融機関がロシアによる軍事物資の調達に関与しているとし、制裁を発動する可能性を示唆した。米財務省は5月1日には、ロシアに対し赤外線探知機やドローンの部品など、軍事転用が可能な物資の輸出に関与したとして、中国やトルコ、アゼルバイジャンUAEなど約300の企業や個人に制裁を科すと表明した。 

 一連の事態は中国以外の国の金融機関にも当然、影響を及ぼしている。米シンクタンクによれば、バイデン政権の制裁導入を受け、トルコの銀行は24年初頭から、ロシアとの金融分野でのつながりをほぼ完全に解消したという。UAEの銀行も、ロシアからの撤退を開始した。

 多くのロシア企業のビジネス拠点として知られるキプロスも、米連邦捜査局(FBI)と金融分野の調査で協力を開始したという。インドも、ロシアからの原油輸入の減少が指摘されている。

ロシア経済への影響は

 ウクライナ侵攻開始以後に導入された欧米諸国による数々の対露制裁にもかかわらず、中国などとの貿易拡大を通じて収入を得て、さらに物資の流入により経済を安定させてきたロシアだが、今回の制裁強化により変化が生まれる可能性がある。特に輸入の停滞は、ロシア国内のインフレ懸念を高める。

 ソ連崩壊以後も、ロシアはエネルギーや鉱物、木材などの資源輸出型の経済構造から抜け出すことができていない。それは、2000年代の原油価格の世界的な高騰を受けてロシア経済を潤したが、安易に外貨が稼げる構造は、ロシアの製造業の発展を阻害した。

 結果として、ロシア経済は完成品を輸入に頼る構造となっており、輸入の停滞は物価上昇を引き起こしやすく、政権の中心的な支持層である年金受給者らをはじめロシア国民の生活に打撃を与える。

インフレが引き起こす市民生活への打撃は、ソ連崩壊後のハイパーインフレの記憶を持つ人々に強い心理的影響があり、過去にも繰り返し政権への脅威となっていた。プーチン政権が最も注意せねばならない経済指標とされる。

米政府は攻勢を強める

 金融分野だけではない。米政府は5月1日には、ロシア軍がウクライナ侵攻で化学兵器を使用したと正式に表明し、ロシア政府の3機関と企業4社を制裁対象に加えた。ロシアが化学兵器禁止条約に違反して、化学兵器のクロロピクリンを使用したと断定したという。

 実際にロシアが化学兵器を使用したかをめぐっては、ロシア側が認める可能性は極めて低く、確定的な結論を得ることは困難だ。しかし、米政府が正式承認したことは、米国以外の国々も、同問題をめぐり米国と歩調を合わせることを意味する。ロシアの軍事産業に対し、制裁を通じた国際的な締め付けが、さらに強化されるのは必至だ。

 米議会は4月、ウクライナに対する約610億ドル(約9兆円)の支援を含む追加予算案を、超党派の賛成多数で可決した。約半年にわたり停滞していたウクライナに対する軍事支援が再び本格化することになる。

 欧米諸国の対ウクライナ軍事支援はこれまで、中国などによる貿易を通じた事実上の対ロシア支援により、十分な戦果につながらなかった。新たな支援にもかかわらず、戦況を好転できないような事態になれば、11月の大統領選で再選を目指すバイデン政権にとり、取り返しのつかない打撃になる。そのような事態を避けるためにも、制裁の抜け穴を徹底的に塞ごうとする米政府の意図が浮かび上がる。