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北朝鮮ミサイル実験をしっかり利用した中国

外務省にはよく読んでいただきたい


北朝鮮ミサイル実験をしっかり利用した中国  編集委員 高坂哲郎

2016/2/25 6:30 日本経済新聞 電子版
 2月上旬、中国海軍の情報収集艦一隻が本州の房総半島沖合を行ったり来たりする不審な動きを見せていた。当時、北朝鮮が事実上の弾道ミサイル発射実験をすると表明したことを受け、飛翔(ひしょう)ルートである日本西方の空・海域に世の中の目が集まっていた時だけに、中国艦の動きは場違いな印象を与えた。ただ、この中国艦の動きにこそ、現在の中朝関係や今後の米中軍事バランスの行方を知る際のヒントが隠されていた。
2月の北朝鮮弾道ミサイル実験の前後に、日本列島周辺を航行していた中国海軍の情報収集艦。海上自衛隊P3C哨戒機から撮影=防衛省提供
 結論から先に述べると、中国海軍が東調(ドンディアゴ)級情報収集艦(満載排水量6096トン)を派遣したのは、日米が北朝鮮ミサイル発射に対し、どんな探知・迎撃態勢をとっているのかを探るためだった。
 当時、自衛隊や米軍、韓国軍は、日本列島・朝鮮半島一帯に航空機や艦船を展開し、北朝鮮がミサイルを発射した場合に、リアルタイムでの探知や、予想される飛翔ルートの解析をできるよう態勢をとっていた。これらの航空機や艦船は、ミサイルを探知したり観測データのやりとりをしたりするために大量の電波を発する。
 一方、情報収集艦は、さまざまな種類のレーダーやアンテナを備え、これらの電波を拾えるようになっている。今回の情報収集艦は2月上旬、東シナ海から日本海津軽海峡を抜けて太平洋に出たあと、北朝鮮がミサイル発射した7日時点は房総半島沖合をうろついていた。この間、自衛隊や米軍が電波を出し続けていたとすれば、情報収集艦はかなりの電波を傍受できたはずである(ただし通信内容は当然暗号化されているだろうから、中国軍が通信内容をすべて知ったかどうかは、同軍の暗号解析能力次第ということになる)。
筆者が注目した記事
・2月8日 共同通信「中国情報収集艦、房総沖を往復」
■日米の出方知る絶好の機会
 中国軍は、日中間や米中間で深い対立が生じ、武力に訴えるしかないと判断した場合、日本の自衛隊や米軍の重要な基地に数百発もの通常弾頭ミサイルを撃ち込み、短期間に無力化する構えをとっている。その際、日米は多勢に無勢であるとはいえ、ミサイル防衛(MD)システムを使って米軍はまずは在日米軍基地を守り、自衛隊は重要度の高い首都・東京など防護対象を守ることになる。
 つまり、今回の北朝鮮のミサイル実験に際して日米がとった地上MD部隊やイージス艦の展開は、中国から見ると、日中衝突や米中衝突の時に日米がいかなる構えを見せるかをあらかじめ知る機会になるのだ。北朝鮮が3~4年に一度の頻度で「やってくれる」弾道ミサイル実験のおかげで、将来、自らと日米がぶつかる場合の相手の出方を知る貴重な手がかりが得られるわけである。
■手の内を探ってくれる「かわいい猛犬」
 おそらく中国軍は今ごろ、2月上旬に見られた自衛隊や米軍の布陣を参考に、自分たちの有事計画を改良していると思われる。
 中国からみて北朝鮮は、自国のライバルである米国やその同盟国ある日本に面倒なことを仕掛け、かつ相手の手の内を知るきっかけをくれる「かわいい猛犬」のようなものとも言える。
中国軍は日米のミサイル迎撃態勢をうかがっていた(写真は東京・市谷の防衛省敷地内に配置されたPAC3)=共同
 石炭など北朝鮮産の地下資源が大量に中国に輸出されていることからわかるように、既に北朝鮮中国経済圏に深く組み込まれている。先々、北朝鮮が崩壊して韓国に吸収され、鴨緑江を挟んで経済水準も高い民主主義国の韓国と直接向き合うことになるより、今の北朝鮮が緩衝地帯として存続してくれた方が、中国にとっては好都合だ。だから、中国は北朝鮮がミサイル実験など多くの問題行動を起こしても、パイプラインを経由した北朝鮮向け原油輸出をしっかり続けている。
 北朝鮮が核実験やミサイル実験を強行するたびに、中国が北朝鮮に圧力をかけるよう求めたり、期待したりする動きが外交やメディアの論調でみられるが、以上のようなことを踏まえれば、「的外れな議論」であることがわかる。
 なぜそうした「的外れ」が横行するのか。そのヒントはおそらく、北朝鮮が3~4年に1度という頻度で核やミサイルの実験をしているという「頻度」や「期間」にある。3~4年の間に周辺国では政権が代わったり、メディアの世界では担当者が入れ替わったりする。こうした関係者の多くは「北の暴挙に初めて遭遇」する形になるため、「中国が北朝鮮に圧力を加えるように期待」といった安易な思考パターンにはまり込んでしまうのだろう。
 繰り返すが、中国は北朝鮮を「かわいい猛犬」のようにみている。北朝鮮の暴挙をいさめるようなことを言うのはうわべのポーズにすぎず、情報収集艦の派遣に示されるように、裏でしっかりその暴挙を利用している。北朝鮮が穏健な存在に変わるよう中国が圧力をかけてくれるというのは、日本や米国にとって都合のよい幻想にすぎない。幻想からはそろそろ卒業したい。
高坂哲郎(こうさか・てつろう)
国際部、政治部、証券部、ウィーン支局を経て2011年編集委員。05年、防衛省防衛研究所特別課程修了。12年より東北大学大学院非常勤講師を兼務。専門分野は安全保障、危機管理など。著書に「世界の軍事情勢と日本の危機」(日本経済新聞出版社)。