パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です  尚 転載はご自由に

香港民主人権法、香港自治法に署名したトランプ大統領。そして香港優遇措置の廃止。 これらは戦前の「ハル・ノート」に匹敵するのではないか

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宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和2年(2020)7月18日(土曜日)
       通巻第6594号 
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(休刊のお知らせ)明日7月19日(日曜)、小誌は休刊です!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ハルノートを突きつけられた中国、「真珠湾」を待つ米国
米中対決、いよいよ最終局面に。気がつかない日本政府の鈍感
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 香港民主人権法、香港自治法に署名したトランプ大統領。そして香港優遇措置の廃止。 これらは戦前の「ハル・ノート」に匹敵するのではないか

 日米激突の最終局面は、ABCD包囲網。その挙げ句がハルノートという事実上の宣戦布告だった。日系人強制収容所入りと在米資産の没収があった。
 後者は「留学封鎖」(中国人留学生ヴィザ条件の規制強化)、企業ならびに大学ラボ、大学院からの中国人排斥、スパイ容疑での逮捕。そしてファーウェイ社員へのヴィザ発給中止。ついには中国共産党員の米国入国禁止の検討。まさしく、戦前のFDR政権が日本を追い込んだプロセスに酷似してきた。交換船でそれぞれ在留人を送還した。

 トランプ政権下の対中封じ込め作戦、最初は貿易戦争だった。
 実質的には高関税を掛けて、中国が世界の工場の地位からずるっと後退させ、外国企業のみならず中国企業さえも、賃金の安いベトナムカンボジア、タイ、バングラなどへ生産拠点を移動させた。サプライチェーンの大がかりな改編が始まった。
 とはいえ米国市場に溢れる中国製品は雑貨、アパレル、スポーツシューズからXマスカードまで。代替生産をほかの市場では短時日は出来ない。ゆえに貿易戦争は続行される。

 アキレス腱はいくつかあるが、第一に医薬品。マスクに代表される医療関連、ならびに製薬、その薬剤生産が中国に握られていること。第二がスマホ、コンピュータに欠かせないレアアースだ。いずれも米国などで埋蔵があるが、発掘、精製など「汚い仕事」を中国に任せてきたツケがまわった

 実業界の対応が鈍いのは日米共通である。
 GMなど米国企業は、いきなり中国とのサプライチェーンを断ち切れないで立ち往生している。GAFAも最終決定を出しかねている。
サプライチェーンの改編にはどうしても五年の歳月が必要だろう。日本企業に到っては、ことここに到るもサプライチェーンの変更を考えていないばかりかトヨタや本田のように、中国投資を増やし、工場を増設するところがある。中国との商いを続けるとしているのが、中国へ進出した日本企業の70%である。

 ▼最終局面に入った。だから米国は真珠湾攻撃を待っている

 ついで次世代ハイテクの争奪戦争だった。
 米国はELリストを作成し、現在までに85の中国企業をブラックリストに載せた。
 中国資本の米国企業買収を安全保障の理由から阻止し、スパイに目を光らせ、ファーウェイ、ZTE、ハイクビジョン、ダーファなど中国企業との取引を8月14日から禁止する。これは二年前の国防権限法に明記されていた。日本企業はのほほんと何も対策を講じなかった。撤退して日本に工場を移したのはスタンレー電気だけ。上記五社と取引のある日本企業は800社。
いずれ「第二の東芝ココム事件」に類することがおこるだろう

 5G開発で中国のリードに焦る米国は一方において6G開発を宣言し、他方では断固として中国人スパイのハイテク窃取阻止に動いた
 象徴的な事件はファーウェイCFO孟晩舟を「イランへの不正輸出に関与した」との理由をつけてカナダに拘束させ、リチャード・リーバー・ハーバード大学教授の中国代理人としての行為を起訴に持ちこんだことだ。
中国の「千人計画」の全貌が明らかとなった。内偵をうけていたスタンフォード大学の張首晟教授はサンフランシスコで謎の「自殺」を遂げた。

 ▼そして金融戦争が開始された

 以前から筆者は「次に米国が仕掛けるのは金融戦争だ」と予測してきたが、こんどの「香港自治法」には金融機関への制裁、取引停止、ドル封鎖が含まれている。
 金融戦争はドル封鎖(つまり中国はドル決済に支障をきたし、国際取引が出来なくなる)、そのために香港自治法には金融機関との取引停止が謳われているのだ。米銀ばかりか、中国の四代銀行に融資した銀行は軒並み経営危機に陥る可能性がある。

 FDRは宣戦布告前からフライングタイガーを「志願兵」を募り、中華民国空軍として参戦していた。
いま、これに匹敵するのが台湾への武器供与である。

 米中激突の最終局面が「戦争」だと言っても、重火器、武器をともなう戦争には到らない。万一に備えて米国は真珠湾攻撃をまっているかのように南シナ海から東シナ海とくに台湾海峡へ空母攻撃軍を派遣し、空には偵察機戦略爆撃機を飛ばして「自由航行作戦」を展開している。
英国海軍の新鋭空母クイーンエリザベスも、南シナ海へ派遣される。豪、インド海軍も米軍との共同軍事演習に加わり、日本も参加する。

 しかし中国は金融戦争での「真珠湾」に値する次なる攻撃は、おそらく武器をともなわない手段で、挑戦してくるはずだ。
ハッカー、サイバーを駆使してのウォール街の混乱。金融取引でのデジタル戦争、しかし過去の中国からの執拗なハッカー攻撃を受けて、米国は十分に対策と傾向を研究してきた。中国軍のハッカー手口を米国は掌握した。仕掛けられたときに、その報復手段は、整えていると思われる。

 中国の報復は、NYタイムズ、ウォールストリートジャーナルなどの米人記者の追放、米国系外食チェーンへの立ち入り検査という嫌がらせ、ルビオ、クルーズ議員らへの名指しの制裁予告ていどだ。
これでは、まだ蚊にさされた程度である。
豪やカナダになした嫌がらせの強さに比べれたら、米国には手を出しかねているようにも見えるが、舞台裏では選挙妨害のためにハッカー、フェイク情報流布などを国籍を偽って仕掛けている。

 冷戦終結以後、米国の敵はサダム、IS、ビンラディン、バグダディなど、小粒の標的でしかなかった。しかし、こんどは巨大なフランケンシュタインが相手である。

 ▼金融戦争の最終兵器(原爆)は在米資産凍結と香港ドルベッグ制

 「これは単なる恫喝ではない。中国はこのリアルを理解し、本気で準備をしておかなければならない」との警告が中国の担当部署の本丸、「中国証券監督監査委員会」からでた。
 方星海は清華大学から米国留学、奨学金スタンフォード大学などで現代経済学を学び、周小川(当時、中国人民銀行総裁)に見出された。それゆえ発言が注目され、2019年のダボス会議では中国金融界を代表してスピーチを行った大物である。
 現在、国際取引での通貨シェアはSWIFT(国際支払い管理システム)の調べで米ドルが40・88%、ユーロが32・8%,日本円は3・53%に対して中国人民元はかすかに1・79%でしかない。
方星海は「人民元で国際取引ができる方策を早急に整え、増やしておかなければドル決済システムからはじかれることになる」と警告した。
 トランプの金融戦争の次の手を正確に予測しているからこそ飛び出した発言である。

ならば勝負を決める原爆は何か?
 香港のドルペッグ制が最終の標的である
 中国四大銀行との取引停止、ドル交換停止を香港自治法では謳っているが、香港優遇政策の廃止に「香港ドルと米ドルのペッグ制」に関して、どうするのか、米国側からは一言も言及がないのである。
 つまり、今回のトランプの措置は、ピンポイント空爆であり、まだ序幕戦の段階である。

  ☆○▽◇み◎○△□や○△□◇ざ◎○△□き△□☆☆   
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集中連載 「早朝特急3」(第54回) 
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 第三部 暴走老人、地球の裏側へ(その13) 

 第十三章 オランダ

 ▼風車、海面下の国土

 オランダというと日本人のイメージはチューリップと風車、「海より低い国土」が全体の三分の一とか、そういうひと昔前の連想しか浮かばないかもしれない。
 オランダの通商集団は江戸時代に唯一貿易相手国として許され長崎出島にいた。江戸参府のチャンスが年に一度あって、そのとき見聞した記録がヨーロッパに誇張されて伝わり、またシーボルトは美人画から地図など数千点を持ち出したことでも知られる。ライデンという田舎町にはシーボルト記念館がある。
 筆者にとって最初に知ったオランド人といえば、柔道で日本を負かしたヘーシングである。かれは198センチの大男、1961年の第三回世界柔道大会で、日本の伝統とされた武術競技で、日本人選手を破って優勝、当時のメディアは衝撃のあまり「柔道にも黒船」と書いた。
 凱旋したヘーシングをオランドの人々は30万人が歓迎に出迎えた。「神風」を破ったという国民感情が炸裂したからだろう。
 逆に言うとオランダ人は他の欧米人から莫迦にされていたからでもある。
 欧州全体に流布するジョークに各国の国民性を端的に揶揄する「あるはずのない人たち」というのがあって、曰く。英国人「コメディアンとうまい料理人」、イタリア人「法を順守する人」、スペイン人「勤勉な人」、ポルトガル人「時間を守る人」、ロシア人「素面の人」。ならばオランダ人は?「太っ腹な人」。
 「オランダ人」というイメージにはそれくらい小ずるくて吝嗇という侮蔑のニュアンスがあって「ダッチ・ディール」とは「割り勘」を意味する。
 ならばダッチ・ワイフは? 日本ではラブドールと呼ばれ、またAI搭載のセックスロボットが2030年頃には登場するといわれるが、ようするに代理妻のことだ。いかにも吝嗇なオランダ人が、妻をめとる代わりに用いたなどと言われたが語源はまったく異なり、この場合の「ダッチ」はオランドを意味しない。

▼「赤線地帯」の路地裏に迷い込んでビックリ。チャイナタウンが出現していた

 アムステルダム中央駅から南東側に広がるのがいわゆる「レッドライト・ディストリクト」(赤線地帯)。つまり「飾り窓の女」が昼間からガラス越しにビキニ・スタイルで客を呼び込み、営業をしている。アジア系の美人が多いが黒人の出稼ぎもある。
 オランダでは売春は合法、しかも世界的な美人がいるというので愛好者には結構な人気もあるとか。一帯は撮影禁止、小さな運河の両岸にはセックス・ショップが店を広げ、川岸にはオープンカフェが店を広げている。
 ヒょいと横丁に入って驚いた。
路地裏に中華料理レストランがひしめき合っていることだった。
 いつの間にか売春地帯に分け入ってチャイナタウンが拡大しており、周辺の店舗を飲み込んで肥大化。仏教寺院まで建立されていた。排斥されてきた中国人が、この治安の悪い地区で商売を展開していく裡に定着した経過にはたいそう驚かされた。筆者は四十八年前にもこの辺りを取材したことがあるがチャイナタウンはあるはずもなく、淫らな店がもっと多かった。

 さて日本人なら教科書でもならう「国際裁判所」はオランダのハーグにある。アムステルダムから一時間ほど南下するとデン・ハーグという都市があり、これが所謂「ハーグ」、じつは政治首都であり国会があり、各国の大使館も、このハーグに設置されている。アムステルダムは一応「首都」だが、政治の中心ではないのだ。
 ハーグで是非とも見たいと思っていたのはフェルメールレンブントの名画が飾られている「マウリッツハイス美術館」だ。
 ここには「真珠の首飾りの少女」(フェルメール)、「デュルプ博士の解剖学講義」(レンブラント)など多彩な名画が展示され、しかも写真撮影は自由(フラッシュ厳禁)なのである。日本の美術館、博物館とは異なり、世界の名画が至近距離で看られるばかりか、入場者が少ない。だからゆっくりと観賞できることである。ただし時折お目当ての作品が「貸しだし中」。それも東京へ行っていたりする。
 フェルメールには「デルフトの眺望」という作品があり、つまり彼はデルフト出身だが、ハーグから南へ30分もかからない。
 そこでデルフトへも足を延ばした。
 伊万里焼、有田焼の影響を受けて白と青の陶磁器で有名な町でもあり、いまでは「デルフト焼」も世界に知られる陶器となって欧州ばかりか日本にも輸出されている。
 町の中心はマルクト広場、国際法のグロチウゥの像があたりを睥睨している。広場を囲んで市庁舎、新教会、フェルメールの住んでいた家などもあるが、圧巻は「フェルメールセンター」である。前述の「デルフトの眺望」は、この地で描かれた風景画で、フェルメールは生涯に37点しか残さないほどの寡作だが、多くが室内の女性を描いた。風景画は稀有であり、雨雲の向こう側に白雲が描かれ、川を挟んでの当時のデルフトの眺望が精密に、地誌学的にも正確に描かれていて世界的傑作とされる。

 ▼「名画バベルの塔」は、ロッテルダムにあった

 デルフトからさらに南下した。
 ロッテルダムはオランド第二の都市だが、最大の産業都市であり最大の港湾を誇り、働き者が多いとされる。
 デン・ハーグからはメトロも繋がって三十分の距離。ところが政治都市やデルフトのような田舎町の静けさはない。活力に溢れているという意味でオランダでもっとも繁栄した近代都市になりおおせた
 ロッテルダムで真っ先に行ったのは「ボイマンズ・ファン・ベーニンゲン博物館」で、この館内にブリューゲルの「バベルの塔がある。
 じつは2017年に、この「バベルの塔」は日本に来ており、筆者は上野の美術館でみた。長蛇の列、満員、束の間に観賞しかできなかったので分厚いカタログを購入した。
 この美術館ででは、じっくりと悠然と、角度を変えながら何回でも観賞できた。

 アムステルダムに戻った。
 中央駅は裏側が海である。大きな客船、クルーズ船が入港するターミナルは鉄道駅の北、昼間でも人通りが少なく風が強い。
 中央駅の南側が繁華街で世界中の観光客がここに犇めくために交通渋滞がひどい。うっかり駅前のレストランに入ったらごった返して注文を取りに来るまでに三十分もかかるほどの繁栄ぶりだった。
 観光のことは飛ばして、やはりアムステルダムで見るべきはゴッホ、そしてレンブラントの「夜警」、フェルメールの「恋文」と「青衣の女」「牛乳をそそぐ女」である。
 これらは宏大な国立博物館にある。ゴッホは他に「ゴッホ美術館」があって、ここに「向日葵」「寝室」「黄色い家」などが飾られている。 
 ゴッホほど江戸の浮世絵から影響を受けた画家はいないだろう。ライバルのゴーギャンも日本の浮世絵、それも北斎に影響が顕著だがゴッホは自らも浮世絵を収集しており、漢字を模写したりした絵もかなり存在している。 
 しかしゴッホと言えば、欠かせない美術館、じつはドイツとの国境に近い森の中にある。5500ヘクタールという宏大な森林公園は「デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園」。付近の町オッテルローからバスが公園の入り口まで出ている。この自然の森林公園のなかに「クレラー・ミューラー美術館」が鎮座ましまし、付近一帯は野外の彫刻の森美術館。じつは箱根のそれは、この「クレラー・ミュラー」の影響を受けた。

 ▼ゴッホの本場はドイツ国境の森の中

 クレラー夫妻は早くからゴッホを収集しており、「向日葵」「夜のカフェテラス」「郵便配達府」「自画像」「糸杉」「アルルのハネ橋」などは、ほとんどが、この美述館にあるのだ。
 しかも説明に来てくれたのがオッテルローにタダ一人住む日本人女性。夫君の赴任地のため移住してきたという。だから日本語で説明が聞けた。
 ゴッホは生存中はまったく恵まれず、画廊に勤めていた実弟に生活費を負担させ、しかし兄の才能を信じて疑わなかった弟は、仕送りを死ぬまで続けた。だからゴッホは書き続けることができた。
 弟の間に手紙のやりとりはいまでは出版されていて、その兄弟愛が果てしなくも美しく、いかなる破天荒な生涯を送ったが詳らかになった。最初にゴッホに着目して、爾後、購入を続けてきたのがクレラーミュラー夫妻だったのだ。

 筆者はゴッホを見ながら、三島由紀夫の『絹と明察』を思い浮かべていた。主人公の駒沢善次郎をして、三島は広重と北斎をこう評価させている箇所である。
 「どないいうても広重ですわ。風景の心いうものを、ぐっとつかんどるさかい」。
 「北斎は風景ばかりか人間まで怖ろしいほどによく知っていた。それを存分に描いて後世に伝え、外国人にまで愛された。(中略)北斎にしろ広重にしろ、あんなに逆巻く波や噴火する山や横殴りの雨を描き、そこに小さく点綴(てんてい)される人間の貧しい重い労働を描き、それをすべて世にも幸福な色彩で彩(いろど)った」(新潮文庫)。

 ゴーギャンとの対比がよくなされるが、ふたりは画風が違ううえ、性格も異なり、お互いは喧嘩別れとなって、ゴーギャンタヒチ旅立った。
 さて図らずも、いつもの筆者とは違って絵画鑑賞の旅となったきらいがあるが、オランダは単に風車観光の国ではなく、けちな人々ばかりでもなく、絵画の天才たちを輩出させた国なのである。
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【知道中国 2104回】           
 ──「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘64)
孫文東洋文化觀及び日本觀」(大正14年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房) 

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 やはり西洋(=覇道)対東洋(=王道)と単純に線引きした図式の持つ曖昧さの根源と問題点を解き明かさないままに時を過ごしてしまい、同じ「東洋人」として中国・中国人との交流を重ねたことが、その後の日本の大陸政策の躓きを誘発したと考える。 

 同じく漢字を使ってるからといって、互いに分かり合えるわけはない。近くに住み、同じような姿形をしているからといって、互いに胸襟を開いてウソ偽りのない付き合いができるなどと考えるのは幻想に過ぎない。分かり合えるなどと言った浅はかな姿勢を後生大事に抱えて出発していたからこそ、過去の失敗があった──

 たとえば「東洋」「東洋人」の捉え方である。
 中国人一般の見方に従うなら、東洋とは中国大陸の東方の海洋を指す。台湾もフィリピンも東洋に含める文献も見られるが、一般に東洋は殊に日本を、東洋人は日本人を、東洋刀は日本刀を、東洋鬼子日本兵を、東洋車は日本オリジナルの人力車を指す。だが日本では殊に明治以後はオリエントの訳語として東洋が充てられ、西洋(欧州)の対義語としてアジア全域を指すようになった。だから漢字に足元を掬われる。要々々々・・・要注意。

  さて幾度も、大いに回り道をしてしまったが、どうやら本題である橘が記した「王道論の註釋及批評」に行き着いたようだ。

  橘は孫文の説く王道は「さつぱり要領を得ない」が、「恐らく仁義道?を基調とする政治と云ふ意味であらう」と捉えた。だからこそ「我々が今、『王道』なる
ものゝの正體を見極めようとするには、先づ王道に事實と理想とを區別してかゝる必要がある」とし、孫文に加え彼の理論面の秘書であり、中国人による日本論の白眉と今もなお評価されている『日本論』を記した戴天仇の見解を引用する。だが、「孫文氏や戴天仇氏の意見を聞いたゞけでは、中國で發達した王道思想と云ふものが果してどれ程の價値を持つものであるか一寸見當がつかない」と率直に疑い、「從つて王道思想を其の理論的根據とするところの亞細亞主義の權威も亦不明であると云ふ事になる」と結論づける。橘のこの姿勢に異議な~しッ!

 いわば「西洋の覇道文化に對して東洋の王道文化が優れた價値を持つと云ふ判斷の眞實性も疑はしくなる」から、「日本人が孫氏の勸めに從つて王道の提燈持ちをしようと云ふ奮發心を起さうにも甚だ心許ない氣がするのである」。たしかにそうだ。
「日本人が孫氏の勸めに從つて王道の提燈持ち」などを断固として為すべきではなかった。にもかかわらず「王道」の2文字に目晦ましされたまま、無自覚に「(孫文式の)王道の提燈持ち」に奔ってしまった。これが当時の日本におけるアジア主義者の「不都合な真実」ではなかったか。

 だが「提燈持ち」という悪癖は、その後も治癒されることはなかった。
 「百戦百勝」と讃えられた毛沢東の「提燈持ち」から始まって、周恩来、林彪文革派、紅衛兵、?小平、江澤民、胡錦濤習近平天安門のみならず中華圏全体の「民主派」まで・・・時代や社会状況を問わず生まれては消える種々雑多なスターを、日本人は余りにも無自覚に、そして無反省に粗製乱造してきたように思う。「提燈持ち」が過ぎたのである。

 『毛主席語録』の一節を綴ったプラカードを首から下げ文革最盛期の中国を得意然と歩いたバカな日本社会党員や紅衛兵然と「革命無罪」「造反有理を叫びながら大学の施設を打ち壊したノンセクト・ラジカルと称したバカから始まった「子々孫々までの日中友好」分子まで・・・数多の「提灯持ち」の跳梁跋扈を忘れるわけにはいかない。

 さて橘だが、「孫氏の大亞細亞主義に關する講演」における「誤謬」として、「西洋勢力の下に呻いて居る弱小民族の不平と云ふ事と亞細亞と云ふ一種の地理的觀念とを非論理的に結び付けて居る」ことを指摘した。
けだし名言、いや慧眼と言っておこう。

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